03


 バイトを入れていたこともあってか、孤爪くんのいない1週間はあれよあれよという間に終わろうとしていた。いよいよ明日は孤爪くんが埼玉から帰ってくる日である。お風呂から上がって、いつものように携帯をチェックすると、孤爪くんから連絡が入っていた。

『明日、そっちに戻るから』

 シンプルに構築されたその文章が孤爪くんらしいなと思う。文字の裏側から滲み出る、彼の不器用で素っ気ない優しさだったり、気遣いだったり。そんなものたちに私の心は満たされる。

『うん! 1週間、おつかれさまでした!』

 恋は、潮の満ち引きに似ている気がする。隙間が見えないほど心の中がひたひたに満たされている時もあれば、枯れるのではないかと思うほど足りない思いをすることがある。それを何度も何度も繰り返して、その度に気持ちは世話しなくあっちこっちに傾く。
 
『東京着いたらまた連絡する』

 会いたい。そう言ったら、会うための約束を取り付けることになるだろう。どうして会いたいの? そんなことをもう、考えなくて良いのだ。単純に会いたいから会いたいと声を大にして言えるのだ。
 そう思う気持ちはあったけれど、私はそっと飲み込んだ。きっと疲れているのに、こんなわがままを言って大変な思いをさせたくない。……いや、それは建前だ。わがままを言うめんどくさいやつだと思われたくないのだ。孤爪くんにとっての、"良い彼女"でいたいのだ。彼女なんていう実感はないのに。

『夕方くらいだったよね? ほんとにおつかれさま。ゆっくり休んでね』
『うん。ありがとう』

 もう22時。合宿の就寝時間が何時かは知らないけれど、朝が早いからそろそら寝る準備を始めていてもおかしくないだろう。長々と連絡をとるとおやすみをするのが名残惜しくなってしまう。そうなる前に終わらせよう。だから『それじゃあおやすみ』と、そう返事をしようと思った。
 けれど送信を押す前に、再度、孤爪くんから連絡が来る。

『名字さんが忙しくなかったらで良いんだけど、明日、夜に少し会えない? 時間あるんだったら、俺そっちに行くから』
『予定はないから大丈夫だよ! 何かあった? 合宿終わりで疲れてるだろうから何かあったなら私が孤爪くんの家の近くに行くよ〜』

 はて、わざわざ会う約束を取り付けてまでしなくてはならないことがあっただろうか。孤爪くんに何かを貸していたわけでもないし。連絡なら携帯で良いのに。
 孤爪くんの返事は少し間をおいてやってきた。

『何かあるわけじゃないけど、1週間ぶりだから、会いたいなと思って』

 その文章を読んだ私の頭の中は一瞬、真っ白に染まって、次に桜満開くらいの陽気で幸せな気分に包まれた。けれど、普段の孤爪くんからは想像出来ない、少なくとも友達だったときの孤爪くんを考えると言いそうにない言葉のギャップに、私の心は射ぬかれた。
 会いたい。孤爪くんもそう思ってくれてるんだ。私だけではない。言葉に出来ない胸の高鳴りに、私はもう死んでしまうのかもしれない。そんなことを言われたら、今すぐ会いたくなってしまう。

『あと、夏だけど夜だし、どっちにしろ俺が家まで送るから俺が名字さんのところ行くよ』

 孤爪くんはどんな想いでどんな顔でこの文章を打っているのだろう。画面から伝わる、私の気持ちを大切にしてくれようとする心遣いに温かい気持ちでいっぱいだ。

『私も会いたいから嬉しい。じゃあ、お言葉に甘えてこっちに来てもらおうかな。でも明日疲れてたら言ってね! 私の方から会いに行くから!』

 ハートマークでハートマークを作りたいくらいに私は高まっていた。バレーやゲームで溢れていた孤爪くんの人生に、私という存在がお邪魔できて、少しだけ心のスペースを与えてもらっていることに、ドヤ顔したい。バレーをしているときの孤爪くんも、ゲームに夢中な孤爪くんも好きだけど、私の事を想ってくれている孤爪くんは私だけの孤爪くんのような気がして、嬉しくなる。子供っぽというか、大人げないというか、何を言っているんだという自覚はあったけれど、こういうものは自分で自制できるものではないらしい。

『うん。じゃあ、また明日』
『また明日。おやすみなさい』

 満たされる。溢れるくらいに。付き合うってどんな風にやっていけば良いのかはまだ分からないけれど、こうしていられる今が幸せならば、この幸せがずっと続くような日々になれば良いと思った。そうしてふと見返したときに隣にいてくれたのが孤爪くんで良かったなぁと心から思いたい。
 私たちのペースで私たちの付き合い方を見つけていこう。今はまだ、不器用で手探りだとしても。

(16.03.31)