05


 ねぇちょっと暇だったらゆず胡椒買ってきて、と母親に言われ私は歩道を歩いていた。ゆず胡椒って。ねぇそれ味付け変えるのじゃダメなの? という疑問を飲み込んだのは、お釣りで好きなの買っていいよという言葉が追加されたからである。
 近所のスーパーで無事にゆず胡椒を購入して、余った分でチョコレートも買った。カロリーは一先ず気にしない。さてさて、今夜の夕飯はなんだろうな、と考えながら歩いていると前方から見知った人影。その頭髪をみたら後ろ姿でもそれが誰なのかわかった。孤爪くんじゃん。そう思うと同時に私は小走りで駆け寄った。

「孤爪くん!」

 いきなり背後から声をかけられたことに驚いたのか、彼は肩を少し上げて私の方を向いた。

「……名字さん」
「偶然だね。孤爪くんのお家……近くなの?」
「友達のうちが近くで」
「友達……」
「バレー部の」
「なるほどね」

 バレー部の友達って山本くんとか? たまに教室にバレー部の先輩らしき人が孤爪くんを訪ねて来るけど、三年生はよくわからないしな。孤爪くんは私の持つスーパーの袋をちらりと見たあと「家、この近く?」と尋ねてきた。

「そうだよ。おつかい頼まれたんだ」
「ふうん」

 孤爪くんはいつものように、自分で問いかけたにも関わらずそんな軽い返事をした。夏に向かって時間を進めようとする春の夕暮れはまだ明るい。もう18時前なのに光は私たちをくっきりと世界に浮かび上がらせていた。

「この時間って部活じゃないんだね」
「今日は体育館が使えないから」
「そうなの?」
「建物の点検日」
「へえ〜」

 なるほどだからバレー部の友達の家に行ってたのか。

「山本くん?」
「知ってるの?」
「仲の良い友達が去年山本くんと同じクラスだったから何となく知ってるんだ」
「うるさいでしょ」
「……目立つよね。目を引くというか。髪型かな?」

 孤爪くんは再び「ふうん」と言った。なんとなく、隣に並ぶ孤爪くんを見上げる。端からみると華奢な感じだし、大きいって感じはしないけれど、隣に並ぶとやっぱり男の子だ。当たり前に私より身長は高いし、バレーをしているのもあってちゃんと見ると筋肉がついているのがわかる。
 なんかとても、変な感じ。あれだけ教室でお喋りしてるのにこんな風に近くで孤爪くんのことを見上げるってないんだなぁと思い出す。そんなことを思いながら見つめている視線に孤爪くんが気付く。

「……なに?」
「あっ……ごめん。孤爪くん、私より背が高いなあって」
「……それはまあ、そうだろうけど」

 そう言うと孤爪くんは少し気恥ずかしそうに視線を反らした。そのまま再び口を開く。孤爪くんにしては饒舌かもしれない。

「……けど、バレー部の中では低いし」

 そう言われて改めて孤爪の頭の先の方に視線を持っていく。金色の髪に乗せられた黒い髪。染め直さないのかな、と思いつつも孤爪くんの先程の言葉を思い出して、ああそうか。と思う。

「バレーってネット高いもんね。背の高い人たくさんいるイメージ」

 まあ私はちゃんとしたバレーなんてテレビでしか見たことないんだけども。ルールだって完璧に理解はしていないし。なんとなく、背の高い人がたくさんアタック打つイメージ。見ててもアタック決めたら気持ちいいし。

「孤爪くんはええっと、セッターだもんね」
「まあ」
「アタックは打たないの?」
「基本的には打たない」
「そうなんだ」

 セッターのイメージはトスを上げる人って感じだけど、孤爪くんもそうなんだろうな。でも孤爪くんが俊敏に動くイメージはない。実際、孤爪くんってどんな風にバレーするんだろう。浮かび上がった疑問はまだ多分、興味本意だ。

「ちょっと見てみたいかも。あ、私の家こっちだから。また明日ね」

 それでもお別れの時は来るもので。丁字路の分かれ道で私は手を振る。孤爪くんは手を上に上げただけだった。それでも小さく「また明日」と孤爪くんの口からこぼれでた言葉に私は満足するのであった。

(15.10.06)