04


 今、最寄り駅に着いたから。
 孤爪くんから入った連絡に、私は居ても立ってもいられなくなって、結局、夏の夜の下へ飛び出ることとなった。家から駅までは複雑な道ではない。今家を出たらきっと途中で会えるだろう。急かす気持ちが比例して私の足取りは加速する。
 体は軽い。心臓は高まる。街頭の灯りは、道標のようにも思える。そんな風に私の心は躍りながら、今、孤爪くんの所へ行くんだよ。そう言ったのなら、彼は笑うだろうか。
 大きな通りに面した道に足を踏み入れる。郊外だからか、昼間は人に溢れるこの道も夜になれば人通りは多くはなくなる。それでも車道を走り去っていく車は変わらずに多いような気がした。
 夜だと、孤爪くんのあの金色の髪が分かりにくい。だけど、ほら。人間とは、恋とは、不思議なもので。どうやら好きな人はすぐに分かるセンサーみたいなものを生まれながらにして備えているらしい。
 私は駆けた。遠くからでも分かる孤爪くんのいるところ。唇が上がる。心は一層高まって、本当はその名前を叫んでやりたいくらいに。彼は駆け寄る私に気付くと、案の定驚いて立ち止まった。

「え、なんで」
「ご、ごめんね? なんかこう、居ても立っても居られなくて……」
「別にいいけど。せめて連絡くれれば……」
「えっ。あ、そうか。連絡忘れてたよね。ごめんごめん」

 たった1週間ぶりだ。なにかが変わっているわけではない。だけど、嬉しかった。顔を見て話が出来ると言うことがただただ単純に嬉しかった。膨れ上がる気持ちに口角が自然に上がって、しまいには緩んでしまいそうだから私の今の顔は、さながら、遊園地の入園を前にした子供のようかもしれない。

「いいよ。会えたから」

 孤爪くんがうっすらと微笑む。孤爪くんも今、私と同じような気持ちになってくれているんだろうか。そうだったら幸せだな。そうであってほしいな。

「……あ! そうだ。合宿、おつかれさま! 言うの遅くなっちゃった」
「うん。疲れたけど、翔陽とも会えたし良かった……かな」
「しょうよう?」
「えっと、宮城の」
「あ。確か、なんか凄い男の子、だっけ?」
「うん。まあ、そんな感じ」

 孤爪くんが言うくらいの男の子なんだから、きっと人を惹く何かがあるんだろうなぁと思う。私は部活に入っていないから、孤爪くんからそう言う話を聞いたりすると羨ましくなったりもする。やっぱり、そういう打ち込める何かがあるっていいなぁと。
 その流れでたまに、もし私が男子バレー部のマネージャーをしていたら私と孤爪くんの関係はどうだっただろうと考えたりもする。同じように恋をしただろうか。それとも、ただの部活仲間で終わっていただろうか。そんな考えてもどうしようもない妄想をしては結局、今、こうやって孤爪くんに恋してて良かった、と思うのだ。もちろん、間近で孤爪くんのプレーみたり、それを支えてみたりしたかったなぁ、なんて思いもあるけれど。

「名字さんは時間、大丈夫?」
「私は大丈夫だよ。コンビニ行ってくるって言ったから」
「そっか。……じゃあコンビニ行こう」
「え? あ、でも」

 そんな別に気を使わなくてもいいのに。家を出るとき家族に、彼氏に会いに行きますと言ったら質問攻めにされそうでめんどくさいなと思って口から出た言葉だ。
 その事をそのまま孤爪くんに伝えたら、孤爪くんは視線を少し左右にさ迷わせ、私に伝える言葉を考えた後、口を開いた。

「……うん。でも、ほら、コンビニ行ったら名字さんの言葉が本当になるでしょ」
「うん?」
「夜遅いのに、言い訳……じゃないけど、違う理由つくって来てもらったの、悪いかなって思って。……クロに会うって言って出てきてる俺が言えるセリフじゃないんだけど……」

 ああ、孤爪くんなりにいろいろと考えて心配してくれているんだなぁ。嬉しさと、そんな風に気を使わせてしまったことに逆に申し訳なさを感じる。

「ありがと、気遣ってくれて。じゃあお言葉に甘えてコンビニ行こうか。……新商品のねチョコがあって、それずっと気になってたから買おうかな」
「うん」

 本当は今、すごくドキドキしてる。微笑んでくれる孤爪くんの表情にも、その距離感にも。優しくされる度に、どうしようもない感覚に襲われて、その優しさは私だけであれと願って、時間が止まってしまえば良いのに、なんて子供みたいなことを考える。
 会うたびに、声を聞くたびに、想うたびに、私の気持ちは大きくなる。だからどうか今は、今だけは、1週間会えなかった分として、その隣を堪能させてほしい、なんて。

「幸せだなぁって言ったら、孤爪くん、笑う?」
「笑わない。けど、恥ずかしいとは思う……かな」

 だってそれだけでもう、私、本当に幸せだから。

(16.04.11)