05


 この時期の夜は、熱帯夜でなくても暑苦しくて嫌になる。少しだけ顔を合わせるためだけに外に出てきた私たちは、ファミレスに入るわけでもなく、コンビニから出てきた後、近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。
 しっとりとした空気が肌にまとわりつくように、じわりと体温を高めていく。噴水の近くに座ったら少しは涼しいかもしれないと思ったけれど、どうやらそれは気のせいだったようだ。

「孤爪くん、暑いの苦手って前に言ってたよね。やっぱり日中に冷房の効いてるところで会えばよかったかな」
「苦手だけど、無理言って会いたいって言ったの俺だし、平気」
「え、無理じゃないよ! 私も会いたかったから。むしろ合宿終わったばかりなのに会う時間つくってくれて本当にありがとうだよ。……孤爪くん、無理してないよね?」

 孤爪くんはポーカーフェイスとは違うけど、感情を露にするタイプではないから、たまに心配になる。私は眉尻を下げた。

「それは、大丈夫だから。そんなに心配しないで」

 孤爪くんはほんの少し口角をあげている。

「なら良かった。本当はね、私に気を使ってくれてるのかな〜って思ってたんだ。だって孤爪くん、ゲームもゆっくりしたいでしょ? だから時間つくってもらっていいのかな〜って悩んだんだけど、あれだね。実際、会えるとすごく幸せで、時間つくってもらえたの本当に嬉しいね。だからごめん、心配もあるんだけど実は今、嬉しいのほうが断然大きい」

 こんな人間でごめんなさいと心の中で手を合わせる。それでも大っぴらに心の内をさらけ出した自覚はあるから、恥ずかしさもそれなりにあって、そんな気持ちをごまかすように、おどけて笑う。
 昼間は親子連れで賑わうこの公園も、夜は人の気配がなくて。遠くの道路を走る車のライトがぼやけるように、一線引かれているような気分だ。小さな声でもちゃんと相手の耳に届いてしまうから、なんだかくすぐったい。ごまかそうとしてもごまかしきれないんじゃないかって、そんな気持ちになる。

「えっと……そんなに嬉しいの?」
「え?」
「俺と、会えたこと」
「うん。嬉しいよ」
「……そっか」

 孤爪くんが何を考えているかとか、どんな気持ちでいるのかとか、そういうの分かったらいいのになと思うことはある。けれど、当たり前に私にはそんな力なんてなくて、ただその表情とか声とか、仕草とか、言葉とか。そういったもので孤爪くんを理解するようになるしかないのだ。私はきっとまだ孤爪くんの事、全然わかっていないんだろう。それこそ、黒尾先輩のほうが私よりもよっぽど孤爪くんのこと分かってる。それはもう、悔しいくらいに。
 けれど今はなんとなく、思う。孤爪くんも私と同じ気持ちでいてくれてるんじゃないかなぁって。もちろん、私の希望もあるんだけれど、孤爪くんが優しい表情をしてくれるから私はそんな風に思ってしまうのだ。溢れる想いを夜に溶かしながら。

「本当は、クロに言われたから名字さんに、会えるかどうか聞いたんだけど」
「うん。もしかしたらそうかなぁとは思ってたよ」
「でも名字さんの言うとおり、会えたら、嬉しいのほうが他の気持ちよりも、大きくなるね」
「う、うん! だよね!」

 優しく語りかけてくれるような孤爪くんの言葉は夏の夜の風が私の耳に届けてくれる。心地の良い苦しみが私の胸を襲う。締め付けられるようなその感情は、切なさとも嬉しさとも少し違って、私には形容出来なかったけれど、それはどこか痛いのにどうしようもなく温かかった。

「……こういうの、慣れてないし、伝え方とか分からないし、自分らしくないなって思ったりもするし……それに、俺はまだ、名字さんが喜ぶこととか、嬉しくなることとか、そういうの、全然わからなくて、出来るかどうかもわからないけど……」

 一生懸命に伝えようとしてくれているのが分かる。孤爪くんが私のために紡いでくれる言葉が、本人の言うようにらしくなかったとしても、それは私にとって魔法の言葉だ。

「名字さんに、今日会えてよかったって思ってる」

 時間は刻一刻と時を刻む。どれだけ長いコンビニ滞在になってしまうのだろう。時間よ止まれ、と思ったのはいつ以来だろうか。このまま全て夜に飲み込まれてしまえばいいのに。
 孤爪くんの言葉に私は何も言えなかった。嬉しいも幸せも、この世に存在する単語だけではこの感情はきっと表現できない。鮮やかに私の心を染めるそのメッセージは、幾千の夜を越えたとしても消えることはないのだろう。

(16.04.20)