06


 幸せに対して欲張りになる自分がいることに驚いた。好きなだけで良いは付き合えたら良いに変わったし、付き合えるだけで良いは会いたいに形を変えて行く。そうして会えたときには、離れたくないと。また会いたいと、その欲求は肥大していくのだ。愚かなほどに貪欲で、底のない沼のように深い。
 しかしその感情は決して、泥々とした棘のある蔦のようなものではない。それよりもむしろ単純で、あれも欲しい。これも欲しいと言うような子供の欲求に近い、至極簡単なものである。会えるのならば駆け出していく。待ってるのなら迎えに行く。私はもて余すばかりの感情を、上手く飼い鳴らせないままだ。
 だって、合宿が終わったからと言って、孤爪くんと頻繁に会えるわけではないから。音駒のバレー部は、その名に恥じぬよう、日々練習を重ねているのだ。それは今もそうだろう。この炎天下の中、決して空調が良いとは言えないあの体育館で孤爪くんは頑張ってトスをあげているのだ。
 それとは反対に、クーラーのついた部屋のベッドに横たわりながら冷たいアイスを頬張る私は、孤爪くんから見たらただの堕落だ。いや、こんな姿孤爪くんには絶対に見せられない。

「みんなどうやって上手に付き合ってるんだろ……」

 そんな私の悩みは、六畳の部屋の中で消えていって、誰の耳にも届くことはなかった。そもそも、私とつき付き合う前、孤爪くんはどんな生活を送っていたんだろう。私のために使ってくれている時間をどんな風に過ごしていたんだろう。部活がある中で孤爪くんは時間をつくってくれているけれど、疲れたりはしていないだろうか。大丈夫なんだろうか。きっとゲームだってしたいだろう。でも、その心配をそのまま孤爪くんにぶつけてもきっと本音は返ってこない。

「……黒尾先輩の連絡先も知らない」

 頼りになる共通の知り合いと言えば黒尾先輩しかいないと言うのに。


△  ▼  △


「いらっしゃいま……えっ!」
「どうも。久しぶり。元気だった?」

 しかしそんな私の悩みは、その日のうちに解決の兆しを見せたのである。なんとその日の夕方、バイト先に黒尾先輩が現れたのだ。

「お、お久しぶりです」
「近くに用事があってきたから、どうせなら久しぶりに名前ちゃんの顔でも見ておこうと思って来てみたけど元気そうで安心したよ」
「おかげさまで夏バテにも負けずに生きてます」
「研磨とも上手くやってるみたいだし」

 これは神の思し召しか何かだろうか。黒尾先輩がレジに置いた商品をレジに打ちながら、私は思いきって口を開いた。

「……あの、黒尾先輩の連絡先を教えてもらえないでしょうか」
「え?」
「黒尾先輩に相談にのってもらえたらって思ったんですけど……」
「おっともう悩み?」
「悩みと言うか……まあ。あの、嫌なら別にいいですよ」

 私からお釣りを受け取った黒尾先輩は楽しげに口角を上げて笑った。なんだその顔は。確実に楽しもうとしているではないか。人選やっぱりミスったかな、と思ったときには黒尾先輩が口を開いていた。

「じゃあ後で研磨に俺の連絡先送ってもらうよう伝えておくわ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「バイト、頑張ってね。また後で」

 軽い調子で手を振って颯爽とコンビニを後にする黒尾先輩の後ろ姿に「あ、ありがとうございましたー……」と決まり文句を返すだけしかできなかった。


△  ▼  △


 やっぱりまずはゴンちゃんに相談に乗ってもらったほうが良かったかもしれない。早まった自分の行動に後悔を覚えつつある中、バイトが終わった後に携帯を確認すると孤爪くんから連絡が入っていた。

『バイトおつかれさま。クロから言われたんだけど、クロの連絡先知りたいって本当? 一応、連絡先添えたけど違ったら無視して』

 ええ、本当です。孤爪くんのことだから疑うってことはないだろうけど、やっぱり私が黒尾先輩の連絡先知りたいのは変に思われちゃったかな。さすがに、孤爪くんのことで相談したくて黒尾先輩の連絡先聞きました。なんて言えないから、事実をかいつまむことにする。

『さっきバイト先で黒尾先輩と会ってね、何かあったときのために知っておいても良いかなと思ってお願いしたんだ! 連絡先ありがとう!』

 無理矢理過ぎただろうか。でもこれでようやく黒尾先輩に「恋愛相談」をすることが出来るのだ。黒尾先輩には悪いけれど少し長くなってしまうかもしれないから家に戻ってからゆっくりと相談内容を打ち込むことにしようか。

(16.05.01)