07


「連絡先ありがとうございます、と……」

 家に着いた私は真っ先に黒尾先輩に連絡をとることにした。まずは当たり障りのない挨拶をする。さて、ここまでは順調だ。ではどうやって相談を持ちかけよう。そもそも異性に恋愛の相談をするなんて初めてのことだ。しかも先輩。長文なんて迷惑になるから絶対に送れないし。
 携帯を手にして、入力しては消し、入力しては消しを何度繰り返しただろうか。それでも一階にいる母親から、早めにお風呂に入っちゃいなさい。と小言を言われるまでにはなんとか黒尾先輩に送る文章が完成したのである。

『連絡先ありがとうございます。忙しい中ごめんなさい。孤爪くんのことなんです。孤爪くん、インドア派だし頻繁に連絡とるのも得意ではないと思うんですけど、私に気を使ってるのか、会いに来てくれたり頻繁に連絡くれたりするんです。無理してないか心配なのと、本当のところはそう言うのどう思ってるのかなって気になってるんです』

 これで言いたいことが伝わるだろうか。たくさん悩んだけれどこれが限界だ。もう悩むのもめんどくさいと半ば勢いに任せて送信ボタンを押した。
 付き合う前も嫌ってくらいに悩んだのに、付き合ってる今も嫌ってくらいに悩む事があるんだから恋愛とは簡単ではない。でもこれが幸せな悩みだっていうのはわかっている。私には贅沢すぎるくらいの。
 色々と考え込みたい気分ではあるけれど、母親からの小言の追撃がある前に私はお風呂へと向かうことにした。黒尾先輩、返事をくれるだろうかと考えながら湯船に浸かり、お風呂からあがって早速携帯を確認すると返信はちゃんともらえたようだった。湯上がりの火照った身体のままベッドにダイブし、濡れた髪もそのままに携帯を開く。

『相談なんて何事かと思ったけど、なるほどねえ。名前ちゃんもなかなかいじらしいと言うかなんと言うか。まあ研磨もさ、名前ちゃんの事が好きだから色々してやってるんだろうし、そんなに悩まなくても良いと俺は思うけどね』

 私は早速指を滑らせる。

『そういうものなんですか?付き合う事が初めてなんで、正直もう何が良いのか全然わからないんです』
『うわ、なんかそう言うの良いねえ。二人とも初々し過ぎてこっちが恥ずかしいけど』
『初々しい……ですか。私はただ孤爪くんに良く思われたいんです。良い子だなとか、可愛いなとか、こんな風に孤爪くんのこと考えてるふりして、本当は自分を良く見せたいだけなんです。だから、黒尾先輩が言うような良いねなんて、私に全然ないんです。狡さの塊です』
『なるほどね』

 さらけ出してみた本音はやっぱり自分勝手で、結局自分のことばかりの自分が嫌になる。 

『まあ好きな人に良く思われたいって言うのは当然の考え方だと思うけど。ただ名前ちゃんと同じように研磨も、名前ちゃんが無理したりするのは嫌だと思ってるんじゃないかな』

 そう言うものなのだろうか。やはり。

『黒尾先輩、孤爪くんに色々アドバイスしてくれてるんですよね。この前、孤爪くんがちらっと言ってました』
『言ったりはするけど、行動すんのは研磨だから俺は特に何もしてないのと一緒だって』
『でもこうやって私の相談もちゃんと聞いてくれて、本当にありがたいって思ってます。多分、これからも迷惑かけると思うんですけど、よろしくお願いします』
『名前ちゃんのそう言う見た目に反して律儀な所とか、研磨が好きなところのひとつだと思うから自信もってこれからも名前ちゃんらしく、研磨のこと、よろしく頼むな』

 よろしく頼まれてしまった。好きな人の幼馴染にそう言われると何だか根拠のない自信が沸々と沸いてくる。こういう切り替わりの早さが単純だと自分でも思う。

『俺も研磨とそう言う話たくさんするわけじゃないけど、気になるんだったら本人に聞いてみるのが一番だし、研磨もちゃんと答えてくれるだろうから、まあ名前ちゃんも考えすぎるよりはいつもみたいに接するべし。って言うのがボクからのアドバイスですね』

 追って送られてきた黒尾先輩からの文面に私のわだかまりが少し、溶けていくようだった。楽しんでるように見えて、多分色々と心配はしてくれているんだろうな。端からみるとやっぱり黒尾先輩は孤爪くんのこと色々気にかけてるみたいだし。こんな人が幼馴染なんだから、孤爪くんは幸せだろうなぁ。
 私らしく、いつものように。黒尾先輩は言った。うん、そうだ。迷ったり悩んだり、欲張りになったりもするけれど私らしくいなくちゃダメだよね。だって孤爪くんはそんな私を好きになってくれたんだから。

『はい、ありがとうございます』

 簡単ではないけれど、難しいという訳でもない。答えも正解もないんだから私たちで見つけていけば良い。それが多分、付き合うということなのかもしれない。全部が分かったわけではないけれど、うっすらと朧に形が見えてきた気がした。

(16.05.10)