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「……名字さん、何かあったの?」
部活帰りの電車に揺られながら、研磨は黒尾に話しかけた。車内の音にかき消されるくらい小さいその声に、黒尾は「ん?」と体を少し近づける。研磨は携帯ゲーム機を持っていた手を膝の上に乗せると、再び、先程よりは大きめの声で言った。
「だから、名字さん。クロの連絡先知りたいってやつ」
決まりが悪そうな研磨の顔とは対照的に、黒尾の顔は楽しそうだ。「ああ、そのことか」と、どこか含んだ笑いを見せる黒尾に、研磨は深いため息を吐いた。面白がるのやめてほしいんだけど。その言葉は飲み込んで。
「なに、やっぱ研磨も嫉妬すんの?」
「そう言うのじゃないってば」
「へぇ、じゃあ何?」
黒尾の表情は相変わらずだった。
「クロと連絡とる事に嫉妬はないけど、ただ、気になるだけ」
「気になるって?」
「……知らない。単純に気になるなって思うだけ」
研磨自身もその感情を理解出来ていなかった。それが他人であれば全く気になることもないはずなのに、やはり名前だからなのか、気になってしまうと研磨はひたすらに思う。
別に嫉妬ではない。やり取りを全て知りたい訳でもない。名前が黒尾と連絡をとりたいのならとれば良いと思うし、その度、研磨自身にそのやり取りを教えて欲しいわけでもないのだ。ただ心のどこから来るのかも分からない、好奇心にも似たその感情が研磨に訴えかけるのだ。気になると。
そんな研磨に黒尾は思う。だとしても研磨がそう思うこと自体珍しいのだ。冬に桜が咲くくらい珍しい。そう思うと可愛さ余って、ついついからかってしまいたくなるのだ。度が過ぎるのは良くないと分かっているのだが。
「色々相談に乗ってたんだよ」
「……相談?」
「あの子も研磨と同じで、どんな風に付き合ったら良いのか悩んでんだって。何したら研磨が喜ぶとか、研磨が無理してないかとか、研磨にちゃんと可愛いって思われてるのかとか」
そんな可愛いらしい、のろけ話にも似た悩みを聞いていたんだよ、と黒尾は名前からの連絡を思い出しながら思う。
「……なにそれ、そんなことクロに言ってるとか恥ずかしいんだけど……クロ変なこと言ってないよね?」
変な事とは一体何を指すのだろう。黒尾は特に訊ねることはなく「言ってない言ってない」と言い切った。
「心配なら研磨に直接聞いた方が早いぞーって答えただけだって」
「それって解決になってないんじゃ……」
「研磨だって名前ちゃんに直接言われる方が楽だろ?」
「楽……かどうかは分からないけど、言葉にしてもらわないと名字さんの考えてること分からないから助かりはするかな」
すらりと幼馴染の口から出てくる、今までの彼らしくない発言に、何となく名前があんな風に考える気持ちも理解出来るかもしれないと黒尾はひっそり思った。なるほど、恋とは人を変えるというけれど、それはこの幼馴染もどうやら例外ではないらしい。
それでも互いが懸命に相手の事を想う様は、第3者からするとむず痒く、なんとも言えない気分になるのである。人付き合いが苦手だった幼馴染がこの交際をきっかけに、より良い方向に向かっていくのならそれはやはり応援したくなる。
「名前ちゃんも研磨も、きっと似た者同士なんだろうな」
「え? 全然違うと思うけど……」
距離感が分からなくて、寄り添い方を知らなくて、でも相手の事を考えていたくて。けど相手の瞳に映る自分は良いものであってほしいと願う。そんな根本的な所が一緒なのだ。
「ま、俺はいつでも相談に乗るから、まずは二人のペースで頑張ってみたら良いんじゃねえの?」
気持ちのよいほどの笑みに研磨は再び顔をしかめたが黒尾の言葉はもっともであり、ありがたかった。自分が口下手なことで彼女を困らせていたらどうしようと思っていたけれど、寄り添うことで彼女が喜んでくれるのなら、それを彼女が望んでいるのなら。
それは自分らしくないかもしれないけど、まだ自分には難しくて恥ずかしいことだけれど、少しずつ少しずつそうしていければ良いと研磨は思うのであった。
(16.05.11)