09


 ちょっと予想外だったかも。と映画終わりに入ったカフェで孤爪くんを前にして思った。
 別に気が利かないと言うわけではない。むしろ孤爪くんは色々と心配してくれてるし、優しくしてくれてるし、気を使ってくれている人だ。
 でも、私がお手洗いに行ってる間に飲み物を買ってくれてたり、私の分のお金を受け取らなかったり、そういうのが意外だったのだ。もちろん、嬉しい。嬉しくないわけない。だけど、スマートにエスコートされると考えてしまう。黒尾先輩が何か言ったのかなぁとか、もしかしてこう言うの慣れてたりするのかなぁとか。
 いやいや、それとも一挙一動に反応して考えてしまう私が変だったりするのかな。
 
「映画、楽しかった?」
「うん! 楽しかったよ。最後なんて私ちょっと泣きそうになっちゃったし。動物とか絡んでくると本当にダメ。私すぐ涙腺刺激される」
「名字さんはそう言うの、弱そうだよね」

 でも一番弱いのは孤爪くんからの笑顔なんだよ! なんてことは口が裂けても言えない。

「家にペットがいるとどうしても重ねちゃって」
「猫、だっけ?」
「あ、覚えててくれたんだ」
「うん、まあ」

 こうやってお店に入って向かい合うのっていつぶりだろう。前にアップルパイを一緒に食べに行った時以来かな。そんな昔のことではないはずなのに、あの日から今日までたくさんのことがあって、ずいぶんと長い時間を過ごしたような気もする。
 あの日の私に、夏休みにはこうやって好きな人と映画を観に行けてるんだよ、と自慢気に教えてあげたいくらいだ。

「孤爪くんって、恋愛映画は見ないのかなって思ってた」
「普段は観ないかな」

 だよね。試写会と言えども普段は観ないような映画をこうやって一緒に観てくれるんだから私に対して気を使ってくれてるんだろうな。こういうカフェだってあんまり来なさそうだし。
 改めてお礼言おうかな、そう思って口を開きかけた私よりも先に孤爪くんが言葉を紡いだ。

「今日も、名字さんがいなかったら観ることはなかっただろうけど、思ってたよりもずっと面白くて、なんて言うか、その……こう言うのも良いなって思えた」
「え?」
「こんな風な女の子がたくさんいるお店も普段は入らないし、居心地が良いってわけじゃないけど、嫌じゃない」

 私はやっぱり心のどこかで孤爪くんは無理してるんじゃないかなって心配になってた。黒尾先輩が私は私らしくいたら良いって言ってくれたから、前向きに考えようとしていたけど、でもふとしたときに自分でも重いかなって思うほどに頭を過る。
 孤爪くんが私の事を好きでいてくれますように。孤爪くんが私の事を可愛いと思ってくれていますように。孤爪くんが私の事をめんどくさいと思っていませんように。そんな自分本意のことばかりをずっと抱えていた。
 けれど今、孤爪くんが言ってくれた一言が私の心を軽くする。
 
「名字さんと居ることで、自分らしくない自分に戸惑うこともあるけど、それは嫌じゃないから。……だから、名字さんが悩むとかはしなくていいから」
「えっ」
「……クロから少し聞いた。おれのことで色々悩んでるって」
「……あ、えっと、それは」
「クロがおれにこうしたらってアドバイスくれただけだから、名字さんがクロに言った内容は知らない」
「そ、そっか」
「……ごめん」
「えっなんで孤爪くんが謝るの? むしろ私の方が気を使わせちゃってごめんなんだけど……」
「なんか、うまく伝えられなくて」

 孤爪くんは気まずげに視線をそらした。私はまとまらない感情をもて余すように、伝える。少しでも近づきたくて。少しでも知ってもらいたくて。

「そんなことないよ! えっと……嬉しいよ。嬉しいけど、やっぱり私もごめんなさい。悩みすぎて逆に心配かけちゃったよね。黒尾先輩にも言われたんだけどね、私らしくいなさいって。孤爪くん、私の事で無理してないかなぁって思ってたんだけど、さっき言ってくれた言葉でちょっと気持ち楽になった」
「なら、良いけど……」
「あっでも本当に無理はしないでね。嫌だなぁって思うこととか嫌って言ってくれて構わないからね。私、孤爪くんといられるだけで楽しいから」

 付き合ってから自分らしくないなぁと思うことは度々あった。黒尾先輩の言う『私らしい』が分からなくなったときもあった。けれど、うん。今ならなんとなく分かる。そう、私は孤爪くんとこうやっていられるだけでとびきり幸せなんだ。その幸せで笑顔になれることが私なのだ。

「……けど、少しは無理したりする、かも」
「え、ど、どうして?」

 眉尻を下げた私に、孤爪くんは再び視線をそらし迷う素振りを見せて、小さな声で躊躇うように言った。

「……良いとこ見せて……かっこいいって、少しは思ってもらいたいから」

 もう十分過ぎるくらいにかっこいいよ。そう伝えるには私の鼓動が高鳴りすぎているようだった。

(16.05.29)