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「で! 昨日は! どうだったの?」

 少し興奮ぎみにゴンちゃんは聞く。前のめりの姿勢に私は少し圧倒されそうになりながらも「えっとね」と口を開いた。思い返すと自然に上がる口角はもう、仕方ないのだ。

「すごく楽しかった! 手も繋いだ!」

 私の言葉に満面の笑みを浮かべた彼女は夏休みの課題が並べられたテーブルを乗り越えて私を抱き締めた。

「なんだよもう! 青春しちゃって! 詳しく聞かせろよーう!!」

 ゴンちゃんの様子に私はふっと心が軽くなって嬉しくなる。自分の幸せな瞬間を口にしたときに、こういう反応をしてくれる人は凄く好きだ。心の広さとか、優しさとか、裏のない感情がついつい私の口を滑らせる。
 どんな経緯で、何を観て、どういった時間を過ごしたか。何度か話題はループしながら私は昨日の出来事をゴンちゃんに伝えた。相変わらず目の前にある夏休みの課題は白紙のままだけど今は気にしない。

「名前ちゃんから連絡来た瞬間から聞きたくて聞きたくて仕方なかった」
「えっそんなに?」
「そりゃあそうだよー。そばで温かく見守ってきた友人としてはね、気にならないわけないよね。今日早く名前ちゃんの家に着いたのはその気持ちの現れだと思うんだ。神様の思し召し、みたいな?」
「ええっ用事早く終わりすぎて暇になったって言ったよね? ちょっと演技が雑いですよ」
「あ、ばれた? でも気になってたのは本当だからね」
「ばれるばれる。まあ私もたくさん相談にのってもらってるゴンちゃんには一番に報告? 話? しようと思ってたよ!」

 夏休みも中盤だし、そろそろ宿題も片付けていかなくちゃね、と言うことで今日は私の家にゴンちゃんが遊びに来てくれていたのだ。
 曲がりなりにも女子高生。部活に所属もしてない身分で宿題を忘れたり、テストで悪い点数をとったりした日にはお母さんからの雷が落ちる。
 それでも女子二人が集まれば、そういう話にならないわけがない。なぜなら、女とはそう言う生き物なのだ。夏に乗じてキャーキャー言いたいお年頃なのだ。

「それでね、来週一緒に夏祭り行くことになったんだけど」
「まじ? 夏の風物詩じゃん。花火観るの? 羨ましい〜」
「近くのだからそんなに規模は大きくないんだけどね。……浴衣着たいなって思ってるんだけど、どうかな?」
「えっ、どうって何が? 着たら良いんじゃないかなあ。せっかくの花火なんだし。孤爪くん……は着ないだろうけど、名前ちゃんだけでも問題はないと思うよ?」
「去年買って一回しか着なかった浴衣でも良いよね……? わざわざ新しいの買うのも張り切ってます! って感じになるかなあとか。下駄履くと歩くの遅いでしょ? 孤爪くんに迷惑かからないかなあとか……」
「もー! 考えすぎだよ! 大丈夫大丈夫! 浴衣着たら可愛いじゃない? 可愛い自分を見てもらいたいじゃない? てことはもう着るしかないよ。孤爪くんに可愛いとか言われたいでしょ?」
「……言われたいです」

 ゴンちゃんは手元にある白紙の用紙に『名前ちゃん浴衣→孤爪くん嬉しい(はず)→名前ちゃん楽しい』という文字を書いて、ほら! と私に見せつける。ほら、これで大成功。と言わんばかりの顔だ。
 私は笑ってしまいそうになるのを堪えて『孤爪くん嬉しい(はず)』の部分を指差した。

「はず、なんだ?」
「孤爪くんの笑ったり照れたりする顔が想像できなくて」
「本当に? 意外に……ん、意外に? 失礼かな? まあ、意外に笑ってくれたりするんだよ」
「彼女の前だと孤爪くんも笑ったりするんだねえ」

 彼女。やっぱりまだ実感なんてない彼女だけど。

「へへっ。だったら嬉しいなあ」

 私が孤爪くんと出会ってから、1年と少ししか経っていない。それは人生を考えるととても短くて、でも高校生活を考えるととても長くて。その時間が少しずつ、少しずつ、砂時計の砂が積もっていくようにゆっくりと。そんな風にいつまでもいられたらいいなと思う。 
 私の知らない孤爪くん。私だけしか知らない孤爪くん。今はきっと前者のほうが多い。きっと黒尾先輩しか知らない孤爪くんだっている。でもいつか。いつか時間を重ねて、私だけしか知らない孤爪くんがたくさん増えるといい。
 けどこんなわがままなこと絶対本人には言えないので、これは女の子同士だけの秘密にしようと思う。

(16.07.11)