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 駅着いた。今から迎えに行く。という孤爪くんからの連絡画面をじっと見つめる。やけに緊張する。
 水色のレトロ柄の浴衣。普段は暑そうな髪も今日は浴衣に合わせてセットした。鏡で何度も何度も自分を見た。どの角度から見ても大丈夫だろうか。変なところはないだろうか。髪型は? 着崩れは? メイクは? それと忘れ物は? 旅行の前でもこんなに確認したことないでしょ、ってくらいに心配性になる私をお母さんは楽しそうに笑って見ていた。
 大丈夫大丈夫可愛い可愛い。母親の説得力とは、時に皆無である。
 いってきます、と少し強い口調で外に出た。こもるような暑さ。夕暮れの色。夏至はとっくの前に来たというのに、この暑さを考えるとなんだかまだ昼間のほうが長いんじゃいかなと思ってしまう。ぬるい風は私のえりあしを撫でる。
 早く、来ないかな。遠くで私を見つけてくれないかな。ううん、でもちょっと恥ずかしいから、やっぱりギリギリまで気付かないで。そんなことを考える。

『そろそろ近くのコンビニだからもう少しで着く』

 孤爪くんの連絡を見て、私の足は前に出る。『ありがとう! 私もコンビニのほうに行くからそこで待ち合わせよ』そう送ったのは、帰路についている父に遭遇したらどうしようという懸念がいきなり浮かんできたからだ。

『こっちまで来るの?』
『うん。お父さん、帰り道かもしれないし』
『じゃあ、ここで待ってる』

 携帯をしまって下駄をならす。少し広い通りに出ると、私と同じように浴衣に身を包んで色めいた女の子達が何人か、楽しそうに歩いていた。ああ、お祭りだ。心が躍る。
 足取りは軽いまま、コンビニに着く。外に孤爪くんはいない。中だろうか、大きなガラス窓から店内を覗き込もうとする前に、出入り口が開いた。

「名字さん」
「あっ孤爪くん!」
「浴衣だから一瞬わからなかった」
「ごめん、言えばよかったよね」
「いや、そうじゃなくて」

 孤爪くんは全身を見るように視線を移し、最終的にそれはそっぽを向いた。

「……良いと思う」
「え?」
「浴衣、新鮮で、良いと思う」

 それが孤爪くんなりのお褒めの言葉なのはわかった。けれど、ほんの少しの意地悪な心が顔を出す。回り込むようにそらされた視線の先に顔を出す。噛み合った視線に孤爪くんは気恥ずかしそうだったけど、私は窺うように訊ねた。

「……可愛い?」
「……うん、まあ、そう思ってる」

 こういうの苦手だろし、例え『可愛い』という直接的な言葉がなかったとしても、孤爪くんにとってはかなり頑張ってくれているんだろうな。私は「ありがとう」と素直にお礼を言う。

「じゃあ、行こうか」
「ん」

 隣に並ぶことにも、慣れてきた。私より少し背の高い孤爪くんの顔を見上げる距離にも。ちょっと暑そうな、伸びた髪。猫背ぎみなところ。口数は多いとは言えない。そんな孤爪くんの隣は、居心地が良い。

「私、今年初めてのお祭りだよ。孤爪くんは?」
「俺も同じ。毎年クロが誘ってくれるけど、いつも面倒で断るから」
「え、ごめん今日。そんな予感はしてたけど」
「いいって。面倒だなって思ったら、断るし」
「そっか。なら良かった」
「それに名字さん、行きたくて仕方ないって顔、してた」
「うそ、そんな顔してたの? 確かに凄く行きたいとは思ってたけど……」
「うん、してた。名字さんはそういうところ、分かりやすい」
「……孤爪くんはあんまり顔に出ないから分かりにくいです」
「ごめん……」
「や、謝らないで! そういうところも好きだから」

 孤爪は少し照れる。その様子を見ると私も伝染してしまう。何をさらりと言葉に出してしまったのだ、と後悔と羞恥に苛まれながら。
 久しぶりに履いた下駄はやっぱり歩きにくかったけど、靴擦れはしなさそうだ。久しぶりに着た浴衣は帯回りが暑かったけれど、今のところ着崩れも大丈夫そうだ。
 高架下を通って駅の反対に行く。世界が変わったように浴衣の女の子がたくさんいた。甚平の男の子もいるし、小さい子の帯がふわふわになっているのも羽みたいで可愛い。

「人、結構いるね」
「孤爪くん大丈夫? 人混みに酔ったりとかしない?」
「大丈夫……だと思う」
「あの、ダメなときは無理しないで言ってね?」

 最悪な思い出にはしたくないのだ。私にとっても、孤爪くんにとっても。

「うん、そうする」
「よし、じゃあ花火まで時間あるし、神社のほう行く? そっち側は出店も多いし」
「なら、はい」
「えっ?」
「繋がないと、はぐれそうだから」

 自然に差し出される左手。孤爪くんの様子は、緊張も照れもしていなさそうだ。当たり前のように差し出されたその手に右手を重ねる。なに、なんなの? 孤爪くんは1回手を繋いじゃうと2回目は平然と繋げちゃうの? 繋がれた手に熱がこもるような感覚を覚えるのは私だけなのだろうか。……やっぱり、孤爪くんはわからない。そういうところ、好きだけど狡いなあ。なんて思う夕暮れ、鳥居前。

(16.07.12)