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 屋台がずらりと並ぶ様は、いくつになっても心を躍らされる。たこ焼。人形焼き。イチゴ飴。わたあめ。金魚すくいに射的。あれもこれもと幼い頃は目に入る全ての屋台のものが欲しかったっけ。
 今はこうやって好きな人と手を繋いでここに立っているのだから凄く変な気分。浴衣だってまるでドレスを着てるんじゃないかなと思うくらいだ。けれどそれは私の背筋をピッと正してくれるからとても助かる。

「孤爪くん、ごはん食べてきた?」
「食べてない。名字さんは、お腹空いてる?」
「私は普通くらいかなあ。家でお菓子少しだけ食べちゃったから。孤爪くんお腹空いてたら好きなの食べて大丈夫だよ。私も食べたいのあったら言うし!」

 と言いつつも、孤爪くんの前でイカ焼きを食べる勇気はない。可愛いクレープとか? 悩むくらいだったらいっそのこと、夜ご飯食べてから出掛けるんだった。
 けれど、この屋台の並ぶ様を見ているとそれだけで満足だなとも思う。本当は別に、なんだっていい。ここに孤爪くんと居られるという事実が本物ならそれだけで満たされる。だから多分、そのせいもあって全然空腹を感じないのだ。別の何かで満たされているから。

「研磨? と、名前ちゃん?」

 そこに突然、声をかけられた。私と孤爪くんは歩みを止めて声のしたほうへ顔をむける。人のたくさんいる中で、頭1つ分ほど飛び抜けた背丈のその人は、私と孤爪くんのよく知る人だった。

「黒尾先輩!」

 ただし、隣には山本くんと私の知らない男の人がいたけれど。山本くんと黒尾先輩のペアに、あ、もしかして男子バレー部のメンバーかな……? と思ったところで、繋がれた手は離された。手のひらの圧迫が急になくなる。

「なんでいるの……」

 あ、と思いながら孤爪くんを見る。心底嫌そうな顔をした孤爪くんは「最悪……」とかろうじて私が聞き取れる声で言った。
 知り合いに会いたくなかったんだろうなあ。こうやって私と手を繋いで歩いてるとこ見られて何か言われたりするの嫌なんだろうなあ。黒尾先輩と孤爪くんのやりとりをぼんやり聞きながら思った。別に、孤爪くんだし、納得出来るし、私だってそういうの堂々と見せつけたいわけじゃないし、ずっと繋いでるわけにもいかないし、黒尾先輩ならからかってきそうだし、わざとらしく見られるの私も恥ずかしいし、だから別に、本当全然、いいんだけどさ。
 ただその手のひらをどうしたら良いのか私はわからなくて、結局、そのまま拳をつくって握りしめるだけだった。

「名前ちゃん?」
「……あっはい。なんですか?」
「浴衣、似合ってんね。可愛い可愛い。やっぱり女の子は浴衣が良いよな」
「そうですか? ありがとうございます」

 それでもいちいちこんなことに考え込む面倒くさい彼女とは思われたくなくて、そんなモヤモヤした感情を無理矢理頭から放り出す。

「バレー部……で来てたんですか?」
「山本に誘われて、だけどな」
「あ……ってことは、あれですよね。孤爪くんもバレー部で来たほうが良かったかもですよね……なんかすいません……」
「いやいや、大丈夫だから。俺らが無理矢理研磨引っ張ってくるより絶対本人も名前ちゃんと来てるほうが楽しいから」

 そう言って黒尾先輩は、孤爪くんと山本くんともう一人の男の子が話している様子に目をむけた。つられるように私もそちらに視線を向ける。

「1年が食いモン買いに行ってんだけど、戻ってきたら二人のこと見つけても、でけー声で話しかけんなって言っとくから安心しろって研磨に言っといて。まあ研磨ならそもそも話しかけんなって思いそうだけど」
「私がですか? じゃあ、後で研磨くんには伝えて置きますね……」

 口に出した後、あ、間違った。と思った。いや間違ってはいないんだけど。正しいんだけど。つられてしまった。黒尾先輩の研磨につられて私も研磨くんと言ってしまった。

「黒尾先輩につられて下の名前で呼んじゃいました……」
「や、別にいいでしょ。つーか彼女なんだから名前で呼べばいいのに」
「それはなんか今更で……」

 別に呼びたくないわけではない。ただやっぱり、言葉にしたように『今更』で。ずっと孤爪くんと呼んできたから急に研磨くんと呼べるはずもなくて。体の中に収まるようにいた孤爪くんの名前が、下の名前になると体から抜け出して、空を舞っているみたいなのだ。口に出しているというよりも、口から出されているような。

「あ、でも」
「ん?」
「でも徐々に名前呼べるようになったら、嬉しいです。研磨くんって呼ぶのが当たり前になったら、なんか嬉しいです。ほんのちょっと、近づいた感があります」

 はにかむ私を黒尾先輩は見ていた。
 呆れるような顔をした、柔らかい笑みを携え。

「名前ちゃんは……」

 ゆっくりとした口調で。染々と。

「はい?」
「名前ちゃんは純心だねえ」
「え、なんですか急に」
「いやいや。嬉しそうに笑うなあと思って」
「……私、嬉しそうでした?」
「あー、研磨のこと大好きなんだなってのが伝わる」
「ちょ、止めてくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!」

 優しさを言葉に乗せて。

(16.07.16)