15
「名字さん、行こ」
山本くんたちとの会話が終わったらしい孤爪くんは私と黒尾先輩のほうへやって来て、私を促した。「話はもういいの?」と聞くと孤爪くんの首は上下に動く。
「悪いな研磨。誘われたとき迷ったんだけど」
「いいって。別に、誰が悪い訳じゃないし」
「のわりにはスゲー嫌そうな顔してたぞ」
「……それはまあ」
「ま、これから花火も上がるし、二人で仲良く回ってくれ」
ひらひらと手を振る黒尾先輩とは反対に、孤爪くんは特に振り返す様子はない。「名前ちゃんも。またね」と言う言葉に、私は小さく手を降ってお辞儀をした。
「……ごめん」
「えっ何が?」
「部活のメンバー。話、つかまって」
「いいよいいよ。久しぶりに黒尾先輩の顔も見られたし。黒尾先輩が言ってたけど、他のメンバーの人もいるみたいだね。どうしよっか?」
「……会ったら多分、一番うるさいと思うから出来れば会いたくはない、かな」
「そうなの?」
そう言いながらも人混みの中をゆっくりとした歩調で歩く私たちは、もしかしたら孤爪くんの会いたくないメンバーにも会う可能性は存分にあるのだ。
「一人は名字さんも、会ってる。一回」
「えっ誰だろ」
「コンビニで、背が高かった」
「あ! あ〜、あの背の高くて色の白くて顔立ちの整った」
「多分、それ」
そっかそっかと相槌を打つ。本当は、普段あんまり部活の話はしないから新鮮でもっといろいろ聞いてみたかったんだけど、孤爪はあんまりたくさんは話したくなさそうだ。それこそ、孤爪くん部活中はどんな感じだとか凄く興味があるのになあ。ああでもこういうのは多分、黒尾先輩に聞いたほうがノリノリで教えてくれそうだ。
「花火、境内からよりも河川敷からのほうが人少なくて多分見やすいと思うんだけど、どうしようか? ここからちょっと歩くかもで」
「……名字さんが歩けるなら俺は大丈夫だけど、下駄って足痛いんじゃないの」
「んー、まだ平気。絆創膏もあるし、孤爪くんには迷惑かけないつもり」
「あ、いや、迷惑とかそういうのじゃなくて……」
「あっでも待って。たこ焼きとクレープとは食べたい……」
ここでこれを言うとか食い意地張ってるなって思われないだろうか。けど歩いてる途中でぐぅ、なんて嫌だ。花火が咲いていたらその音に隠すけれど。
誤魔化すように笑って「半分ことか、どうかなあ?」と訊ねる。
「いい、けど」
「本当に? わーい!」
そうと決まれば! と、私は孤爪くんの服の裾を軽く引く。確か、さっき来た道に2つともあったはず。キョロキョロと辺りを見回し、目的の屋台を見つけると、たこ焼きとクレープを購入した。
人も多いし河川敷のほうへ行く予定だし、ということで歩きながら食べることになったけれど、たこ焼きを手に持つ孤爪くんが新鮮……少し面白くて写真に納めたかったけれど我慢した。
お祭りのざわめきを少し離れるといくらか人も疎らになる。下駄の音がそれまでより大きく耳に届くのが、心地よい。
「たこ焼き半分食べてても大丈夫だよ」
「……名字さん、思ったより元気で安心した」
「えっ」
「メールで暑くて死にそうってずっと言ってたから」
「しかも絶対孤爪くんのほうが暑いのに愚痴るっていうね……」
「おれは、まあ、仕方ないし」
そうか、仕方ないのか。部活だもんね。孤爪くんも面倒くさいと言うわりに、投げ出すことはしない。誰かの気持ちに応えることをしているところが、好きだ。そういうところ、私も見習いたい。
そんなことを思いながら、食べかけのクレープを見つめる。半分くらい食べ終わっているそれを、はいどうぞと渡したら孤爪くん、食べるんだろうか。それよりもクレープ食べる孤爪くんてそれだけで可愛くてきゅんとするんだけど。
「……孤爪くん」
「なに?」
「クレープ、食べる?」
「えっ?」
「半分こって言ったし」
「……けど、それ名字さんのだよね?」
「嫌なら無理にとは言わないけど……」
「なら、じゃあ……一口だけ」
お。だったら、はいどうぞ。と食べかけのクレープを孤爪くんに差し出そうとした私の腕を、孤爪くんに掴まれた。え、と思ったのも束の間、少し引かれた私の腕はクレープを持ったまま孤爪くんのほうへ近づく。私の意志が介入する隙間はどこにもなくて、あ、と思った時にはもう、孤爪くんはクレープをかじっていた。あ、手元が孤爪くんの顔に近づいた。その事だけが私の世界を他の全てから遮断させる。
我に返る頃には握られた腕は離されて、私は小さく咀嚼する孤爪くんの顔をぼんやりと眺めていた。なんだ、いまのイケメンな「一口だけ」は。
「甘い……美味しいけど」
「……ク、クレープだし、ね」
紅潮する様子を悟られてしまわないように、と街灯の下で願っていた。
(16.07.18)