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「こ、孤爪くんはたまに、さらっと格好いいこととか、ドキドキするようなことするから、私の心臓が困る」

 誤魔化すようにクレープを口に含む。甘い。胸を締め付ける感情によく似ている。
 孤爪くんは一瞬驚いたように目を見開くと、私の言葉はどこから生まれたのかを悟ったのか、口元を手で隠すようにして「ご、ごめん……」と謝った。思い返して自分の行動が恥ずかしくなったのか、それとも私のストレートな言葉に恥ずかしさを覚えたのかはわからない。

「――けど」

 孤爪くんが何かを良いかけたとき、少し遠くの方で大きな音がした。それは夜空に浮かぶ大輪の花だった。

「あっ花火始まっちゃった」
「ごめん、やっぱりさっき話し込みすぎた」
「大丈夫だよ。ここからでも結構見えるし。歩きながら見ようか? それとももうどこか座っちゃう?」
「名字さん、浴衣は大丈夫、なの?」
「どっちにしろクリーニングだすから」

 花火が上がって開く音。次々に打ち上げられるそれはとても明るくて、昼間にも負けていなくて。立ち上る煙はゆっくりと空へ消えて行く。儚さが美しくて、写真には納められなかった。
 この一瞬を、孤爪くんと観られて良かった。

「……綺麗」
「うん。綺麗だね」

 夏が終わって、秋がきて、冬になって。新しい年を迎えて春がくる。そうしてまたこの季節がやってきたときに、同じように孤爪くんに隣にいてほしい。来年もまた、同じ景色を一緒に観たい。そんな風に思う気持ちを私は初めて知った。

「……今日」
「え?」
「今日……本当言うと出掛ける前とか、人混み想像して、ちょっと嫌かなって思ってたんだけど」

 嫌かな、という部分にどきりとした。あ、やっぱりとも思ったけれど。ただ、何て言うのかな。孤爪くんの瞳が凪ぐような静けさを持ってしっかりと私を捕らえるから、抜け出せなくなって、大きいはずの花火の音も、視界を覆っていたはずの彩りも今は全部孤爪くんに持っていかれてしまった。
 私は多分、孤爪くんの真剣な眼差しに弱い。奥底にゆらりと灯る光があるように思えるのだ。それを例えばバレーの試合ではなく私に向けられると、なんだか見透かされそうで、そしてなにも言えなくなってしまう気がする。単純に言うと、かっこよくて私が参ってしまうのだ。

「……本当に来て良かったと思う。名字さんの浴衣姿も見られたし」
「う、うん」
「ありがと、誘ってくれて」

 この人を大好きだと思う。夏の暑さとか、人混みとか、私だって特別好きなわけではないけれど、なんだかもう孤爪くんが居てくれるなら大抵のこと出来るんじゃないかなあと思うのだ。

「わ、私こそ! 私こそ一緒に来てくれて本当に嬉しいよ。好きな人とお祭りに行けたら楽しいだろうなあって思ってたけど、それが孤爪くんで良かったよ。……あ、けどもしわがまま言ってもいいなら、孤爪くんの浴衣姿も見てみたかったなあ。きっと似合うと思うんだよね」

 うん、絶対かっこいい。想像しただけでにやけてしまう私を孤爪くんはどう思うだろうか。

「あ。それとね、せっかくの夏休みだし、私ゲームに挑戦してみたいんだ」
「え?」
「もし良かったらなんだけど、孤爪くんのおすすめのゲーム貸してもらえないかなあって思って。あの、私が出来そうなやつで」
「いいけど、何で急に?」
「え? だってそしたらもっともっと会話の幅広がるでしょ? 一番は孤爪くんがどんなの好きか知りたいからって言うのもあるんだけど……私、これといった趣味もないし」

 孤爪くんは数回瞬きをして私を見つめる。

「……それが、名字さんのわがまま?」
「んー、かなあ? お願いかな?」
「いいよ。わがままでもお願いでも、どっちも名字さんらしいかなって思うから」
「いいの?」
「うん。名字さんがゲームしてるの想像出来ないけど、なんか面白そうだし。浴衣も、まあ、来年頑張るかな」
「……孤爪くんて」
「うん?」
「孤爪くんて、私に優しいよね」
「なに、それ。……そりゃあ、まあ、そうでしょ。彼女、なんだし」
「なんか嬉しい」

 人で込み合う前に帰ろうと孤爪くんは言う。ああ、そうだね。もうそろそろ花火も終わってきっと駅は込み合うだろうしね。それが照れ隠しなんだろうなと分かる私は、少しは孤爪くんの考えていること分かるようになってきているのだろうか。花火の明かりがちゃんと互いを照らすから、誤魔化しはきかない。そらす瞳も火照る頬も全部分かっちゃうんだ。お互いに。

「手を繋いで帰りたいです」

 差し出した手は無言で握り返された。満面の笑みを返した私を見た孤爪くんは言う。

「今日の名字さんは、いつもよりわがまま」
「えー? 嫌だった?」
「……別に」

 そしていつものように私は思うのだ。ゆっくり歩いて帰ろうと。私より少し大きい手のひらに包まれながら。

(16.08.08)