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 次に会った時、孤爪くんが私に渡してくれたのはポータブルゲーム機とそのソフトだった。自宅の玄関の前で紙袋に入ったそれを受け取る。赤いハーフパンツのジャージと黒いTシャツ。男の子にしては華奢な体格の肩にかけられた部活用の鞄は、なんだか重そうだ。

「え、あ、約束覚えててくれたの?」
「迷惑かなって思ったけど、名字さんでも楽しめそうなの選んでみたつもりだから、もしよかったらだけど」
「う、ううん! 嬉しいよ。わざわざ部活帰りにごめんね。自主練はいいの?」
「面倒だから、パス」
「それでもバレー出来ちゃうんだから孤爪くんって凄いよね」
「それは皆が強いからじゃないかな」
「孤爪くんも強いよ」

 まだまだ終わらないぜ! と思っていた夏休みももう佳境を迎えている。宿題もほとんど終らせた。お盆に父親の実家に行ったのが今年の夏の一番の遠出と言うのが悲しいところだけど仕方ない。それでも彼氏がいる夏というのは、私にとって新鮮だった。

「わかんないところあったら連絡して」
「うん、そうさせてもらうね。私、ゲーム下手だから全然検討違いのこと聞いちゃうかもしれないけど。クリアするまで借りてても大丈夫なの?」
「いいよ。ゆっくりやってくれれば」

 心なしかいつもより孤爪くんの表情が生き生きしているように見える。好きなものだからかな。普段とは少し違う様子になんだかこっちもくすぐったい気持ちになる。

「じゃあ、お言葉に甘えて。……なんか、うーん。お礼出来るものがあれば良いんだけどな」
「気にしてないで、ほんとに。俺がしたくてやったとこだし」
「や、でもわざわざ来てくれたっていうのもあるし。あ、えっとちょっと待っててもらってもいい?」
「え? あ、うん。わかった」
「すぐ戻ってくるから待っててね」

 家の中に入ってすぐキッチンへ向かった。昨日の夜に作ったクッキーがまだあったはずだ。こんなことになるんだったらもっと気合い入れて作ったのに。そんなことを考える。それでも残ってあるクッキーから形の良いものを選びラッピングをすると、それなりにまあ見映えも良くなるというものだ。外では孤爪くんが待っているから悠長にはしていられない。再度、ラッピングに問題がないのを確認すると私は急いで玄関の外へ出た。

「ごめんね、お待たせ」
「平気」
「これ、よかったらなんだけど……。昨日の夜私が作ったクッキー」
「名字さんが、つくった」
「うん。本当はもっと良いの渡せたら良かったんだけど、ごめんね今はこれくらいしか思い付かなくて」
「……ありがと。嬉しい」

 喜んでもらえるなら私も嬉しいな。もっと気合い入れたの渡したかったっていう思いはあるけれど。
 私はまた少し笑顔になって、孤爪くんが家に帰るのを引き留めたくなってしまった。孤爪くんといるとそう言う気持ちが別れ際にいつも顔を出す。それでもそんな風に思っているのを知られたくなくて、かといって自分からバイバイまたねと言うのも嫌で、結局今日もまた孤爪くんからの言葉を待ってしまう。
 じゃあね。と言おうとしたのか、それともまたね。と言おうとしたのか。はたまたそう言えばさ、なんて言おうとしたのか。孤爪くんが息をすって口を少し開けたタイミングで、そばから違う声が届いた。「孤爪? と……名前?」私達は声のするほうへ顔を向けた。

「え、二人で何してんの? まさか付き合ってるとか?」

 声をかけてきたのは同級生であり、幼馴染でもある市野と呼ばれる人物だった。微妙なタイミングだな、と思いながらも孤爪くんに彼のことを知っているか訊ねる。私から幼馴染だと孤爪くんに伝えたことはなかったから驚いているかもしれない。

「去年、確か同じ委員会だったから、知ってる」

 孤爪くんは視線を反らしながら答えた。

「そかそか。なら、うん。この人一応幼馴染で、まあ腐れ縁みたいな感じで、まさか私も会うとは思ってなかったからビックリ」
「名前、お前孤爪と付き合ってたんだな!」
「え、うん。まあ、ね」
「言ってくれれば良いのに」
「わざわざ言う必要もないかなって」
「お前……そんな、仮にも幼馴染にそんな冷たいこと言うなよ。俺悲しいわ……」
「うるさいな、もう。用がないならあっち行きなよ!」
「はいはい。邪魔者は消えますね。孤爪も、じゃあなって、あ、それもしかして名前が作ったやつ? 俺も昨日貰って食べたんだけど、見た目はアレだけど味はいけなくもないから――」

 いいから、もういいから。余計な事を言う前にさっさと家に入ってくれないかな、と私が彼の背中を押したときだった。多分、私がいけなかったんだと思う。配慮が足りなかったんだと思う。元々口数が多くはないのに、全然言葉を発しない孤爪くんに対してもっと気を使えばよかったのに。

「いいよ、おれももう、帰るから」
「え?」

 孤爪くんは普段通りだけど、普段通りじゃなくて、私は困るしか出来なくて、なのに市野は平然としてて。それでも孤爪くんはその名前を呼ぶ時間すらくれなかった。

「これ、ありがとう。何かあったら連絡して。じゃあね、市野。……名前も、またね」
「おう、じゃあな!」

 え、待って。ちょっと待って。すぐに制止の声をあげても、いつもより早足の孤爪くんが止まることはなかった。小さくなる背中は、曲がり角を曲がったことで完全に姿を消した。

(16.09.20)