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 こういう時、だいたい私はまずゴンちゃんに相談に乗ってもらう。それでも不安が拭えないときは、黒尾先輩に話を聞いてもらう。そうすると私の決意も固まって、孤爪くんへアプローチ出来るようになる。この一連の流れが、私の孤爪くんとのお悩み解決の手段だ。
 孤爪くんがああ言って帰ってから1時間。どこにも寄り道をしていなければ、きっともう家に着いているはずだ。連絡、どんなテンションでしたら良いんだろう。『さっきはごめんね! あいつさ、毎回会ったら〜』ってラフな感じとか? それとも『さっきは本当にごめんね。私も会うとは思ってなかったから〜』とか? もしくは『怒ったかな? 気を悪くさせちゃってごめんね。もしよかったら〜』って直接聞いちゃう?
 ああもうどれもこれも、しっくりこなさすぎ。やっぱりゴンちゃんに相談しようかなあ、と携帯に表示されてる相手を孤爪くんからゴンちゃんに変えたとき、それはブルブルと震えた。

「孤爪くん……!」

 その名前が携帯の画面に映った時、「名前」と呼ぶ孤爪くんの声がよみがえった。名前呼ばれたの、初めてだったのに。聞き間違えかな。私みたいに間違って口から出てしまったのかな。でも、もう一回口にしてしいな。こんな状況でもそんな事を考えてしまう自分が憎い。
 鳴り続けるコールに決意を固めて通話ボタンを押す。もしもし、孤爪くん? いつもの調子になるように声を出したけど、孤爪くんが今どんな顔をしているのか全く想像がつかないや。

『ごめん、いきなり』
「う、ううん! 私も連絡しようと思ってたところだったから」
『そっか……』
「うん……」

 会話は簡単に途切れてしまう。やっぱり孤爪くんがいるのに幼馴染と話し込んだのがいけなかったかな。けど孤爪くんはそんな事で嫉妬とかするタイプにも思えないし。いやまあしてくれたらしてくれたで実はちょっと嬉しかったりもするけど。

『……その、さっきは、ごめん』
「え、え?」
『帰り際』
「あ、いや、私もごめん」
『名字さんが謝ることないと思うけど』
「そ、かな」

 あ、呼び方戻ってる。
 ベッドの上で体育座りをしながら壁に体を預ける。もう一回、さっきみたいに呼んでくれるかなって本当は少し期待していたんだけどな。

『……自分でもよく分からないけど』

 孤爪くんは一呼吸置いて続けた。

『ちょっと、嫌だなって思った』
「え?」
『何が、とかは分からないけど。嫌だっていうか、もやっとした感じに近くて、もやっとしたことが嫌で。……ごめん、伝わらないかも。でも、謝ってはおきたくて電話した。それだけだから、もう切っても大丈夫。ごめん、本当に――』
「えっ、あ、ま、待って!」

 よかった。今度は引き留められた。クッションを引き寄せて抱き締める。こうでもしないと今私の中に発生したこの感情をどう昇華したら良いか分からない。私も上手く言えないけれど、今すごく胸が苦しい。

「あの、ゲーム貸してくれて、しかも家まで届けに来てくれて本当にありがと。クッキーね、本当はもっとちゃんとしたのあげたかったから、嫌じゃなかったら今度は孤爪くんの為に作ったの貰ってくれると嬉しいな。あと、ゲームも一緒にやれる時間あったらいいなって思ったし、あと、あとね」

 やっぱり孤爪くんが今どんな顔をしてるのか、わからないや。

「あと、名前呼ばれたの嬉しいなって思った」

 私も孤爪くんも口下手で、相手に上手く伝えられなくて、でも伝えたいことはあって。私が孤爪くんの思うことを丸っと全部分かることはできないように、孤爪くんも私の思うこと全部は分からないだろう。けど。だから。それを伝えられるときに伝えなくちゃって思った。素直にさらけ出すのは恥ずかしくて、何言ってるの私。と思うこともあるけれど。でも今はそれを上回るくらい、伝えたくて仕方がなかった。私、孤爪くんが思ってる以上に孤爪くんのこと、大好きなんですよ。

「だから、えっと、またたまにで良いから私の名前呼んでくれると嬉しいな」
『……ん』

 それから少しだけ他愛もない話をした。孤爪くんの中にあるモヤモヤが晴れたかどうか私にはわからない。同じようなモヤモヤを私もいつか抱くかもしれない。その度に、私達は探るように伺うように相手の事を呼ぶのかもしれない。これから先がどうなるかなんてわからないことだけど。けれど私達、言葉にしなくちゃ伝わらない生き物だから。口下手でも、不器用でも、全部を理解できなくても、伝えあっていかなくちゃいけないんだろうな。

『じゃあ、また連絡する』
「うん! 明日も部活頑張ってね」
『ん。じゃあ、また』
「またね、研磨くん」

 通話は終わる。彼の名前が私の中で反芻する。何か不思議な温かさをもって、ぽかぽかと身体の中を泳ぐように。それは愛しさに似ている気がした。

(16.09.21)