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 長かった夏休みも終わって久しぶりに袖を通した制服は、クリーニングしたばかりだということもあって、少し窮屈に私の背筋を伸ばした。夏休みは終わったけれど夏はまだ終わらなくて、半袖から見える腕には日焼け止めをたっぷりと塗ってから家を出た。久しぶりの教室。久しぶりに会う友達。久しぶりの授業。久しぶりのお弁当。

「で、孤爪くんとは結局どこまで進んだの?」

 特別久しぶりでもない恋の話。

「ど、どこってそんな」

 卵焼きを飲み込んだゴンちゃんは、刑事よろしく私に詰め寄った。中庭でお弁当を食べようと言ったのはこの話をしたかったからだな、とようやく今になって悟る。

「い、いや本当特にないよ。お祭り行ったくらいで、あとゲーム貸してもらったとか。もう全部ゴンちゃんに言っちゃってるよ」
「けどキスのひとつくらいしたでしょ?」

 パックのお茶を飲んでいた最中にそんな事を言ってくるから思わずむせてしまった。キスって、そんな。キスなんて、そんなの。

「……し、してないよ」

 キスなんてしたら私、爆発してしまうかもしれない。……したくないわけじゃないけど。どちらかと言えばしたいけど。けどそんなの口に出せるわけないし。

「してないの? 夏休みあんなに時間あったのに?」
「だって孤爪くん、部活もあるし頻繁に会えるわけじゃないんだよ?」
「でもお祭り行ったんでしょ? そう言うムードにはならなかったの?」
「え、いや……ならなかったわけじゃないけど、私も私でいっぱいいっぱいでそ、そういうところまでは気が回らなかったっていうか……」

 顔から火が出てしまいそうなんだけど。それでも容赦なく詰め寄るゴンちゃんがほんの少しこわいです。誤魔化すようにウインナーを口に運んだ。

「孤爪くんって奥手そうだもんね」
「それにまだ付き合って2ヶ月ないくらいだし。そんな、ね?」
「甘い……」
「え?」
「甘いよ、名前ちゃん」
「ゴ、ゴンちゃん?」
「そんなこと言ってるとあっという間に時間過ぎちゃうよ! ファーストキスしたいの? したくないの?」
「え、し、したい、です……」
「なら! 私が思うにさ、孤爪くんはなかなか自分からアプローチかけてはこないと思うんだ。だからね、名前ちゃんからもうガンガンいっていいよ。だって二人は相思相愛なんだから! 向かうところ敵なしってやつ」
「そうかなあ……? てかゴンちゃんの気合いに私負けそう……」
「もー! せっかくの女子高生なんだから恋愛楽しまないと!」

 ゴンちゃんのこういうところを、見習わなければと思う。それをするための決意を固めたら出来るだろうけど、私はゴンちゃんみたいに最初から全力で向かえない。失敗したときのことを考えてしまう。

「けど、ま。二人の事だもんね。私は応援してるから、進展あったらちゃんと教えてね」

 うん。答えて箸を進める。その報告が出来る日がやってくるのを私も楽しみに待ってる。


△  ▼  △


 ああ、もう。そんな事をお昼に話してしまったのが良くなかったのかもしれない。

「名字さん、これ」
「あ、ありがとう」

 妙に孤爪くんの唇を意識してしまって上手く話せない。動揺を悟られるな、視線を泳がせるな。自分に命令しては、私は変態かと突っ込みを入れる。ああ、孤爪くん変なやつって思ってないといいけど。

「なんか……大丈夫?」
「えっ」
「今日、少しいつもと違うみたいだから」
「そ、そうかなあ?」
「うん」

 それは、だって、ほら。あんな会話をしちゃったから。孤爪くんが何かを話す度に、その動きを目で追ってしまう。形の良い唇が紡ぐ言葉が、揺れて私の耳に届いて意識させてくる。やっぱり私変態じゃん。なんだか妙な罪悪感。
 近くに座るゴンちゃんのほうへ視線を向ける。ニヤニヤとした形容詞を張り付けるのが相応しいんじゃないかなと思う顔で、ゴンちゃんは私たちのほうを見つめていた。その顔禁止! ゴンちゃんに、視線で訴える。ゴンちゃんがあんな風に話振らなかったらまともに孤爪くんの顔も見れてたんだからね。

「ほ、本当に何もないよ。だ、大丈夫。ありがとね、心配してくれて」
「無理、しないで」
「う、うん。そうするね」
「じゃあ、おれ先生に呼ばれてるから職員室行ってくる」
「あ、うん。いってらっしゃい」

 孤爪くんはそう言って教室から出ていった。やってきたゴンちゃんが「名前ちゃん意識しすぎ」とからかいながら言う。

「誰のせいですかねえ」
「ははっ私だね。けど可愛かったよ。あと面白かった」
「もう、絶対面白かったのが本音じゃん」
「そんなことないって。けど早くチューできるといいね」
「ゴンちゃん!」

 恋愛初心者ってやつはどうやらまだまだ課題が山積みらしい。

(16.09.25)