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「えー! 部屋に遊びに行ったのに何の進展もなかったの!?」
「ちょ、ゴンちゃん! 声が大きいよ!」

 翌日のお昼、中庭の隅の方にあるベンチを選んだって言うのにゴンちゃんの声で意味がなくなった気がした。周りに孤爪くん、ひいては男子バレー部の人たちが居ないのを確認して、私とゴンちゃんは少し顔を近づけた。

「あ、ごめんごめん」

 と謝るゴンちゃんに、それでね、と話の続きを始める。

「まあ、私としてはそれなりの期待と覚悟? を持って行ったけど、孤爪くんはそう言うの考えてなかったのかなあと思うとなんかあれだよね。私って魅力ないのかなあ〜みたいな」
「えー、いやいや。さすかにそれは。孤爪くんだって健全な男子高校生なわけだし。名前ちゃんも魅力あるわけだし」

 はたして本当にそうだろうか。売店で買った野菜ジュースを一気に飲み干す。

「てゆうかさ、普通にキスしたいって言えばいいんじゃない? その方が分かりやすいと思うし」
「えっ」
「アリだと思うけどなあ」

 ゴンちゃんからのアドバイスに私は思考を巡らす。もし、また似たような場面になったとき私がそう言ったとしたら。そうしたら孤爪くんはどんな反応をするだろうか。驚く? 引く? それとも少しは、喜んでくれたりするのかなあ。

「うー……でもそれもそれで恥ずかしいな……」
「大丈夫大丈夫! 世の中恥ずかしいことなんてたくさんあるから!」

 そもそも、キスしたいばかり考えてる私って大丈夫だろうか。ああもう、こんなことゴンちゃんと話してるの孤爪くんにバレたら絶対ドン引きされるよ……。イメージと違う、とかでいつかフラれたりしないよね? 大丈夫だよね? そう溢した言葉にゴンちゃんはあっけらかんと「そんなもんでしょ大丈夫大丈夫」と答えるだけだった。


△  ▼  △


 そんなことがあったのが確か、3日前のことだった気がする。
 何も予定がなかった休日、朝に突然お母さんに頼まれた用事がたまたま孤爪くんの家の近くで、私はあわよくば会えたりしないかな。なんて思ったけれど現実はそう都合良くはいかなくて。一応打診してみたけど、やっぱり部活らしい。用事を済ませた後、なんだかそのまま家に帰るのも勿体ないような気がして適当に歩いていた。

「……えっ雨!?」

 そんなとき不運にも降りだした雨は、最初こそ小降りだったものの雨雲の増加と共に勢いを増した。このままではまずいと、雨に濡れるなか走り出し近くのコンビニの軒先に入る。外を歩く人は天気予報をばっちり確認していたのだろう。鞄から折り畳み傘を取り出したり、持っていた傘を広げたりしていた。羨ましい。天気予報の確認を怠っただけでこんなに困るとは。
 濡れた髪と服。少し寒い。しかもなんかあの人濡れてる! みたいな目で見られてる気がする。最悪。拭こうにもハンカチじゃ限界があるし。けど、コンビニの傘って高いんだよなぁ。止むことの無さそうな空を見上げて思う。気合いでこの雨のなか駅まで走ってもびしょ濡れになってしまうし。背に腹は変えられないって言うし。さすがにびしょ濡れは嫌だし。甘んじてコンビニのビニール傘を購入しましょう、と自分を納得させようと試みていた時、不意に名前を呼ばれた。

「……え、名字さん?」
「え、孤爪くん!?」

 コンビニから出てきた人物に、私は目を見開いて驚く。部活は? って言うかもしかして今帰り? 互いに驚いて言葉を探している。だってまさかここで会うとは思ってもなかった。

「えっと……部活終わり?」
「う、うん。一応。名字さんはこっちに用事があったんだっけ」
「もう終わったけどね」
「……服、大丈夫?」
「えっ、あっ! あー……天気予報を見てなくて雨降るの知らなくて、それで、こんな……ね」

 濡れていることが恥ずかしくて笑いながら言う。

「……よかったらだけど、家に来る?」
「……え?」
「今、誰もいないけど、服乾かしたりタオル渡すくらいは出来ると思う」
「えっと……」
「名字さんが嫌じゃなければ」

 孤爪くんのこう言う聞き方は狡い。だってそういう風に言われたら絶対に嫌なんて言えない。もちろん嫌なんて思うことはないけど、それでも緊張はする。意識だってする。迷惑かなって考えたりもする。でも、その言葉に甘えたかったりもする。

「なら、えっと、お邪魔していい、かな?」
「うん。そのままだと風邪引きそうだし」
「ははは、本当にね。こんなに降られるとは思ってなくて」
「傘ひとつしかないからこれでいい?」
「けど私濡れてるから孤爪くん近くにいないほうがいいよ? 傘買おうかなって思ってたし」
「俺は別に平気」

 ああそっか、相合い傘か。ちょっといいかも、なんて。そんな下心に孤爪くんは気付いているかな。ううん。ちょっとじゃない。むしろ、それでお願いしますって感じ。だってなんかほら、カップルっぽい。けれどなぜかそんな些細なことに喜んでると気付かれたくなくて、私はまるで今気がついたかのように、何も意識してませんよと言うように、あくまで平然を装って「じゃあ、一緒の傘に入ろうかな」と答えた。

(16.10.27)