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 袖の通した孤爪くんのジャージが温かいとか孤爪くんの匂いがするなんて事を考えてる時点で私はド変態と罵られてもおかしくないな、と思った。孤爪くんのジャージは少しだけ大きかったけれど、それでも部活ジャージを着る、と言う普段できない経験に気分が少しハイになる。

「どうかなー? 赤ってあんまり持ってないから自分でも新鮮なんだけど、似合うかな? 部員っぽい?」
「……悪くない、と思う」
「ほんと? 私がマネージャーだったらこれと同じジャージ着て部活するんだよね〜。なんかそれはそれで面白いね!」

 なにこれってさっきまでは思ってたけど、これはこれで楽しいかも。彼シャツならぬ彼ジャージだもんね! 孤爪くんも可愛いって思ってくれるといいんだけどなぁ。ちらっと孤爪くんを見ると、彼は何か考えているようだった。

「……それは、ちょっと困る、かも」
「えっ」
「名字さんがマネージャーで、いつも部活にいたら気になって、集中しにくい……。あと、周りからいろいろ言われるから嫌だ」

 苦い顔をして孤爪くんは言ったけど、私はちょっと嬉しかった。そっか。部活中、私が近くにいたら孤爪くん緊張するんだ。それは悪くないかも、なんて。

「あ、いや、別に名字さんが嫌とかじゃないし、もしマネージャーだったら、それはそれで多分、良いんだと思う、けど」
「大丈夫だよ。今更マネージャーはやらないし。でもこのジャージ着られて楽しいなって思ってる」
「……そっか。なら、良かった」

 孤爪くんは安堵した。私はこのジャージを脱ぐのが少し惜しくてつい「私の服が乾燥するまでこのジャージ借りてもいい?」と聞いてしまう。図々しかったかなっと思ったけれど孤爪くんは嫌な顔1つせず「大丈夫」とだけ言った。

「それにしても、まさかこんな形でまたお邪魔させてもらうとは思わなかったな」
「うん、おれも」
「雨に降られた時は最悪って思ったけど、結果的には良かったかも」

 はにかむように笑う。孤爪くんはそんな私を真っ直ぐに見つめていた。その瞳の奥に熱があるような気がして私の胸は高鳴った。あ、あれ、意識すると全てが緊張に変わる。孤爪くんの服を着ていることも、孤爪くんの部屋に二人きりでいることも、ゴンちゃんとしたキスの話を思い出したことも。
 だって今の私たちは、互いに手を伸ばせば簡単に触れられる。少し身を寄せれば触れ合える。そんな距離にいるのだ。その事を嫌でも意識してしまう。

「えっと、だから、その……」

 続く言葉も見つからなくて、目の前にあったグラスを手に取る。喉も渇いていないのに、何かを誤魔化すようにお茶を飲んだ。付き合ってどのくらいで何をするのが普通なんだろう。彼氏の部屋に行って2回目って、どうんだろう。普通、平然とキスとかするのかな。そこまでしなくても寄り添ったり抱き締めあったりするのかな。他のカップルはどうしてるのかな、こういう時。答えなんてないのに、そんなことを考える。

「名字さん」
「はっ、はい!」
「緊張、してる?」

 ド直球な孤爪くんの問いに私は誤魔化すことも出来ず、ただ素直に「……ちょっと」と答えた。……これはこれで恥ずかしい。

「……おれも自分の部屋なのにちょっと緊張してる。名字さんの緊張が移ったのかも。……あの、名字さんの嫌がるようなことはしないから、安心してほしい」

 私の緊張が移ったって言葉、なんか可愛いかも。伏し目がちに言った孤爪くんの台詞は、私の心をくすぐった。嫌がるようなこと、の部分にドキッとしたけれど動揺を悟られないように下を向いて「うん」とだけ答える。うん。けれど、多分、私、孤爪くんにされて嫌なことってないと思う。なんてことは、言えないけど。

「……けど」

 小さな声で孤爪くんが続けた。え? 私は顔をあげて再び孤爪くんのほうを見る。先ほどと同様の熱が、その瞳の奥で揺らいでいる気がした。

「名字さんが嫌じゃないなら、おれは――」

 瞳をそらせない。縫い付けられたかのように体は動かない。心臓だけが足早に動く。今更になって、喉が渇いてきた気がした。

(16.10.28)