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「仲良い女子がいるんだって?」
部室で着替えていたところ、黒尾鉄朗にそう問われた孤爪研磨は制服を脱ぐ動作を一瞬だけ止めた。その一瞬を見過ごすことの無かった黒尾がにやりと口角を上げる。
「おっなんだ、図星か?」
「別に、いない」
研磨は黒尾の言葉を受け流すように答えたが、問いかけた本人は納得がいかないようだった。それどころか、隣で着替えていた夜久までもが、恋愛事に疎いと思っていた人物から上がった細やかな恋の予感に、密かに耳を大きくしていた。
「山本が騒いでたぞ。研磨が女子と歩いてたって」
「は? いつ……」
「お前が山本んち行った時」
「……ああ」
弧爪の頭の中に一人の女子が思い浮かぶ。名字名前。同級生で、隣の席の女の子。しかし仲が良いかと聞かれたら、それは分からない。確かに学年が上がって何の縁か話す機会も多々あるが、だからといって「仲良し」と言えるわけではない。かといって仲良くない、と断言できるほど交流が無いわけでもない。まあ、どちらかと言えば。クラスの中では。そんな言葉が頭につく程度に仲が深まっている、と判断するのが妥当か。と研磨は考えた。
「ああってことはいるんだろ?」
「ただ、良く話すだけ」
「……そう言うのを仲良いって言うんじゃないっけ?」
そっと添えられた夜久の言葉に研磨は、そういうものかと少しだけ他人事のように判断した。なるほど、自分は名字さんと「仲が良い」のか、と。
「じゃあ……仲が良い女子がいる」
「じゃあって」
「どんな子なんだ?」
「どんな……元気、かな。うるさいのとは少し違う。気に触る感じはしない。なんだかんだ、色々考えてるんだと、思う」
聞かれた事に素直に答えた研磨に、見開かれた瞳が並んだ。夜久も黒尾もまさか研磨の口から、例の女子への評価がそのように行われているとは思ってもいなかったのだ。黒尾自身もからかい半分で言ったはずなのに、予想外に研磨がきちんと返事をしたことで驚きを隠せないでいた。
「……なに、その反応」
「いや、研磨が女子とそんな風に仲良くしてんの想像出来なくて」
「だから別に仲良くしてるわけじゃない。……成り行きっていうか、偶然だから」
研磨は否定したい様子だったが、黒尾と夜久は違った。これは、転機だ、と思っていたのだ。あの研磨が女の子に心を開いて、あまつさえ、寄せているのではないかという。黒尾と夜久の目線が合った瞬間、二人の思いは疎通された。
「いいか、研磨。相談ならいつでも乗るからな」
「……は?」
「研磨からもちゃんとその子を誘うようにしろよ」
「……は?」
その二人の行為をお節介ととるか否かは研磨次第だが、二人の言葉からろくなことを想像していないなと結論つけた研磨が呆れた眼差しを送る。そんな誤解をするな、と込めた研磨の視線に二人は気付くことはなかった。
「本当に……なんなの……」
(15.10.11)