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 放課後、無理に時間を作ってもらって私はゴンちゃんに事の顛末を伝えた。軽快な音楽がかかるファストフードの店内で、神妙な顔付きの人はきっと私くらいしかいないだろう。

「え……それ、ほんとに? そんなことあるんだね。なんかドラマみたい。いや、いやいやでもそれは大問題だよね……」
「ドラマだったらどれだけ良かったことか……」

 予想しなかったであろう私の告白にゴンちゃんは驚いて、そして感心した。……わかる。私も聞く側だったらそういう反応すると思う。けど、今回は当事者になってしまったのだ。あらまあ、なんて言っている場合ではない。

「にしてもタイミングがね。バッチリというか最悪というか」
「ほんっとに最悪だよ。……誰が悪いとかではないのわかってるけどさ、なんか自分の行動を呪いたくなるって言うかさ。あの時の孤爪くんの顔、忘れられなくて」
「どんな顔してたの?」
「驚いてた。驚いて、多分、傷付いてた。けどどうかな。それから全然、私の方見てくれなかったし。本当のところはわからないや。もしかしたら怒ってるかもしれないし」

 頼んだジュースも今はあまり喉を通らない。どうかな。孤爪くんが怒るところは想像出来ないけど。喜怒哀楽をはっきり表現するタイプではないから、きっとこれからも私にはそう言うの、見せようとしないのかもしれないな。

「そっか……」
「でももし反対の立場でさ、孤爪くんに幼馴染の女の子がいて事故でもその子とキス紛いの事があったら、やっぱり嫌だなって思うんだ」
「うん、そうだよね」
「自分がされて嫌なことしちゃったかって自己嫌悪。私がその場面目撃したらどうしよ。泣くかな。しばらくは孤爪くんの顔見られないままになりそう」
「今の孤爪くんと似てるね」
「うん……だから自分から話しかけて良いのか迷う。孤爪くんの気持ちが落ち着いてから改めて説明したほうが良いのかなって思うけど、その時間を待つのも悠長に構えすぎな気もして」

 あーあ。上手くはいかないこともあるけど、問題なんてないと思ってたのにな。ケンカをしているわけでもないから余計に何を言ったら良いのかわからない。ごめんって謝るのも少し違う気がする。

「私にとっては市野なんて恋愛対象にならないし、言っちゃえば犬に噛まれたようなものなのにさ」
「んー、けど名前ちゃんの唇が市野くんのほっぺたに当たったんだもんねえ。キスと言えばキスになるんじゃない?」
「ゴンちゃん! 傷を抉らないで!」
「あっごめんごめん。事故チューはノーカン!」
「事故チュー違う!」

 ゴンちゃんのからかいに私は少し安堵した。一人だったら、こんな風にからかってくれなかったれ悩みが私を押し潰していただろうから。けど、孤爪くんはどうだろう。黒尾先輩に言うかどうかは分からないけど、考えて悩んで私の事嫌になったりするかな。今まで通りにはいかなくなっちゃうのかな。それだけは嫌だな。絶対絶対、嫌だな。

「まあ、真面目な話、孤爪くんがどんな風に考えてるのかは本人にしかわけらないことだしさ、名前ちゃんだっていつまでも悩むの辛いだろうし、ここはやっぱり覚悟を決めて孤爪くんと話した方がいいと思う」
「うん……」
「私は孤爪くんのこと名前ちゃんから聞くくらいしか知らないけど、孤爪くんそれだけじゃきっと名前ちゃんのこと嫌にはならないよ。名前ちゃんが孤爪くんと向き合って話して、それでも孤爪くんがうじうじするようならその時は私が孤爪くんに渇入れるから安心して! 器の小さい男はモテないぞってね」
「ん……ふふ、なんかゴンちゃん、頼もしい」

 もしかしたら器が一番大きいのはゴンちゃんかもしれないと思ったのは内緒だ。


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 ただ、この時私はまだ楽天的に考えていた。ちゃんと話をしたら孤爪くんとまた元通りになれるって。けど、そうではなかった。その日を境に、孤爪くんからの連絡は無くなった。私から送った連絡に対する返信もとても質素で短くてやり取りを続けられる内容ではなかった。学校でもあまり、話さなくなった。声をかけようとすると理由をつけて断られるのだ。明らかに避けられてる。それはとても分かりやすく、私の心にヒビが入るのに時間はかからなかった。
 ごめんねすら伝えられないのかな。仲直りも出来ないのかな。もう私と話すの嫌なのかな。私の事の嫌いになっちゃったかな。泣きたいな。けど、原因は私だ。
 私と孤爪くんの距離はどんどん離れていくのに、孤爪くんの誕生日が刻一刻と近付いてくるのであった。

(16.11.02)