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「……こんなことになるんだったら無理矢理にでも唇奪っておくんだった」

 吐き出した私の愚痴にゴンちゃんはお茶を飲むのを止めて、むせた。今日は家からも学校からも遠いカフェに来たから周りを心配する必要はない。

「ちょ、いきなりそういうの止めて」
「ごめん。だって、つい」
「……孤爪くん、相変わらずなの?」
「……うん」

 10月に入りもう10日近くが過ぎた。あの日以来、孤爪くんとはまともに話をしていない。

「まあ、普通にショックだったんじゃないかな」
「そう、なのかな」
「うーん……てかさ、名前ちゃんと市野くんって1年生の時。付き合ってるって噂あったの知ってる?」

 唐突なゴンちゃんの問いに今度は私がむせこむ番だった。

「ちょ、なに、は? なにそれ!」
「や、市野くんってほら、格好いいじゃない?」
「うーん。まあ、うーん。私は孤爪くんのほうが格好いいけど」
「そうだね。そうだよね。でね、女の子は噂が好きだし、名前ちゃん市野くんと幼馴染で仲良かったからさ、1年生の夏くらいかなあ。私も軽く耳にした程度だから全部は分からないけど、市野くんと名前ちゃんが付き合ってるって噂流れたんだよ」
「……続けて、どうぞ」
「今はもちろんその誤解っていうのかな? は解けてるけど、二人はさそう見られてもおかしくはなかったってことでしょ? 孤爪くん、そういうのも気にしてるんじゃないかな」
「え、嘘の噂を?」
「二人は付き合っててもおかしくないって」
「えっ」
「まあ正直、私も孤爪くんとのことあるまで、市野くんと名前ちゃんて付き合ってるのかなーって思ってたし」
「本当に?」
「うん。市野くんって人懐っこいタイプだし、余計に名前ちゃんとは仲良く見えるっていうか」

 覚えた感情は、衝撃と驚愕。市野のことは幼馴染という理由で気にも止めてなかったけど、そんなことになっていたのか。1年生の時にクラスの女の子から二人って付き合ってるのと聞かれたことはあったけど普通に否定したし。ていうか市野の人気とか全然興味なかったからな。
 もし孤爪くんが私と市野のことを気にしているんだったら即座に否定したい。絶対絶対絶対、私は孤爪くんのほうが大好きですって言いたい。……のに。

「でも避けられてたら話のしようもないよねえ……」
「うっ。事実とは言え、ぐさっときたわ……」

 でも分かる。孤爪くんの態度も理解できる。逆の立場なら、きっと同じになる。だから責められない。ああけど、逆だったら真っ先に私のところにきて否定してお前だけだとか言われて口にキスされたいな。なんて。……孤爪くんはそういうタイプではないか。

「あっでも連絡返ってはくるんでしょ? 目だって合うわけだし」
「いつもより塩対応だし、すぐにそらされるけどね」
「まあ怒ってたり嫌いになってたりしたらさ、返事もしないわけだし、名前ちゃんのほうも見ないよ。孤爪くんもさ、どこで普通にしたら良いかわからないんじゃない? 引っ込みがつかないっていうか、そう言う感じで」
「それなら良いんだけど……」

 目の前にある運ばれてきたアップルパイを眺める。孤爪くんの好きな食べ物。孤爪くんと付き合ってから、ケーキを頼むときつい意識的にアップルパイを頼んでしまう。そして美味しかったら孤爪くんに教えてあげて、今度は一緒に行こうねって、そんなやり取りを毎回してしまうのだ。
 今だって口に入れたアップルパイはとても美味しくて、それを孤爪くんに教えてあげたくて、それで今度は一緒にここに来てみたくて。そんな風に孤爪くんが居ないときも、孤爪くんのことを考えてるんだって孤爪くんはきっと知らないだろう。そんな風に考えちゃうくらい、孤爪くんのことが本当に本当に好きなんだってこと孤爪くんは知らないだろう。思い付きで孤爪くんに好きって言ったわけじゃないんだよ。あの時よりずっとずっと孤爪くんのこと好きになってるんだよ。なのにそれを伝えられないことが私は苦しいのだ。

「誕生日プレゼントは結局、いいの?」
「うん……。本当は孤爪くんにどんなのが良いか聞いてから選びたかったんだけど今の状況だと、ね」
「そうだね。聞きにくいよね」
「まずは元に戻ること、頑張ってみるよ。このまま何もしないのだけは嫌だから」
「うん。私で出来ることならなんでもするから言ってね」
「ありがと、ゴンちゃん」

 そして転機は突如として訪れるのである。孤爪くんの誕生日を前日に控えたその日、黒尾先輩が私を訪ねてやってきた。それはまるで救世主の如く。

(16.11.06)