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「知らない間に大変なことになってたみたいだけど大丈夫?」

 開口一番に黒尾先輩はそう言った。ああ、これは孤爪くんから何か聞いてはいるんだろうなと「まあ、はい」と苦笑ながら答えた。

「何かあった?」
「孤爪くんから詳しく聞いてはいないんですか?」
「研磨が名前ちゃんと上手く接することが出来ないって悩んでるっていうことくらいだわ」
「……その原因を聞いたりは」
「してない。つーか聞ける雰囲気じゃなかった」

 孤爪くん、いったいどんな雰囲気を出して黒尾先輩と話してたんだろう。私は少し迷って、黒尾先輩の顔を見た。ん? と首を傾げる黒尾先輩。この人に相談したら、助けてくれるだろうか。ううん。きっと助けてくれる。黒尾先輩はいつだってそうやって私たちの間を取り持ってくれた。

「あの、実は……」

 小さめの声で話を始める。あの日のこと。あの日、あったこと。全ての元凶。
 順を追って話すと、黒尾先輩の顔も次第に雲行きが怪しくなった。全てを話し終え、と言うことなんです。と締めくくった後には、あっちゃー、やっちゃったね。そんな言葉を張り付けた黒尾先輩が私を見ていた。

「……だから今こんな感じになってて」
「いや、なんつーかそんなドラマみたいなことあんだね」

 前に似たような台詞を聞いた気がする。ははは。今となっては乾いた笑いしか出てこなくて「ほんとですよね」と答えた。

「なるほどねぇ。それで研磨が」
「……孤爪くんは悪くないです。私も逆の立場なら立ち直るのに時間がいりますもん」

 ただ、私が怖いのは、不安に思っているのは。

「でも、嫌われたらどうしようって思います。嫌悪感持って、そのまま別れたいって思われたら辛いなって。最近全然まともに話せてないし、孤爪くんは私がいなくても多分平気で、だから私は孤爪くんのこと好きだけど孤爪くんが私のことどうでも良くなっちゃうのが、一番不安です」
「それ、研磨には言った?」

 私は首を横に振る。

「言えてないです。言う機会がなくて。……や、けど本当は本音を言うのちょっと怖いんです。今の気持ち全部言って、孤爪くんに届かなかったらって思うと怖いんです」
「名前ちゃん、珍しくネガティブだね」
「ネガティブにもなります。孤爪くんのことだとネガティブにもポジティブにもなります。今はネガティブの中のネガティブって感じです」

 黒尾先輩は考えるしぐさをみせ「あのさあ」と言った。

「研磨の誕生日、明日だけどさ」
「あー、はい」
「部活終わった後、連絡するから部室来てくんない?」
「……え?」
「名前ちゃんには悪いんだけど、部活終わるまでは近くで時間潰してもらって、まあ遅くならないようにするし、帰りも必ず誰かが送るようにすっからさ」
「や、待ってください。なんか話が飛躍して、というかいきなりでちょっと追い付いてないです」

 黒尾先輩はかがんで顔を近付けた。にやりと笑う顔が眼前にあって、私は大きく瞬きを繰り返す。え、なにその顔。っていうか近いです! 

「部室を貸し切りにしてあげるから、仲直りしなさい」

 仲直りって。っていうか貸し切りって!

「これは先輩命令です」

 なんだそれ! 私は驚いた顔で黒尾先輩をただ見つめることしか出来なかった。

「ま、あれか。喧嘩してるわけじゃないから仲直りっつーか誤解を解くって感じか」
「そ、そんな簡単に」
「簡単だって。名前ちゃんの思ってること言って、そんでキスのひとつやふたつかませばすぐ元通りになるって。男なんて単純なんだからさ」

 キスのひとつやふたつかますって、どう言うことですか! 突拍子もない黒尾先輩の言葉はただ私を驚かすばかりで、それに羞恥も加わったものだからいよいよ私は言葉がでなくなった。

「そ、そそ、そんな……」
「あ、でもキスまでだかんね? 部室でオーケーなのはそこまでだから。それ以上は部室の外でしてね」

 ニヤニヤ笑う黒尾先輩を見て確信する。これは、からかわれている。しかも恥ずかしさが募る私をみて楽しんでいるのだ。

「く、黒尾先輩! ほんとにもう! なんですか、なんなんですかー!」


△  ▼  △


 そう言うわけで誕生日当日、授業が終わった後に適当に時間を潰していた私は、聞いていた部活終了予定の時間に黒尾先輩から連絡が来たのを確認して男子バレー部部室へ向かった。
 緊張。心臓が飛び出そうだ。だけど久しぶりにちゃんと話せるのは嬉しい。脳内では法螺貝が高らかに鳴り、どこかの将軍が出陣じゃー!! と雄叫びをあげている。そう、出陣なのだ。
 部室の前に着いて、深呼吸。中の声が聞こえる。お祝いの声。これから、この中に入るんだ。盛り上がりが一区切り着くと扉が開かれて部員の人たちがぞろぞろと出てきた。物珍しそうに私を見る瞳に負けそうになる。……これ、やっぱり部員の人はみんな私たちのこと知ってるのかなあ? だとするとやっぱり恥ずかしい。走り去りたいくらいに。

「よし、じゃあ頑張れ」

 黒尾先輩が私の肩を叩きながら言う。そうだよね。もう戻れない。ここまできたら進むしかない。大きく頷いて、一歩を踏み出した。ええい、なるようになれ! いざ、出陣。

(16.11.06)