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「結局送ってもらっちゃってごめんね。ありがとう」
「送りたかったから気にしないで。それにこうでもしないと2人になれないし」

 結局、あのあと私はバレー部団体に混ざって帰宅することになった。機嫌を損ねた孤爪くんをどうにかしようと試みているのが面白かった、と言ったら孤爪くんは怒るだろうか。
 山本くんと孤爪くんと最寄り駅で降りて、山本くんはそこからバスに乗ると言ったからこうしてふたりになることが出来たのだ。多分、山本くんは気を使ってくれてバスに乗ってくれたのだと思う。

「確かに。バレー部の人たちと帰るって新鮮だから、それもそれで私は面白かったけどね。リエーフくんも大きな子供! って感じて楽しかったけど、夜久先輩との掛け合いがまた――」
「名前」

 突然呼ばれた名前に驚く。家まであと数十メートルと言ったところで立ち止まり、孤爪くんのほうを見た。頼りない月明かり。公園の街灯。無人のベンチ。遠くの家から聞こえる犬の鳴き声。少し冷たい風に揺れる木々。影の落ちる合間から見える孤爪くんの瞳はただまっすぐ、私だけを見ていた。

「目、瞑って」

 頷くことも、返事をすることもなく、数回瞬きをした後、ただそれに従うように瞼を下ろした。
 瞬間、触れたのは柔らかくて少しだけかさついた唇だった。触れた瞬間、思わず目を見開く。目を閉じた、今まで一番近い距離にいる孤爪くんがそこにいて私は驚きと高揚を覚えたけれど、再び目を閉じてその感覚を確かめるように酔いしれた。
 何秒だったのか定かではない。それはとても一瞬のようも、永遠のようにも思えた。とても心地の良い胸の高鳴りがリズムを刻む。離れてしまう距離が惜しいと思った。

「……ずっと、したいと思ってた」

 孤爪くんの言葉に照れてしまう。優しく笑った孤爪くんがかっこよくて、心臓を鷲掴みにされる。孤爪くんの、たまにこうやってストレートに言葉にしてくれるところに私は弱いのだ。

「やっと出来た」
「……うん」

 恥ずかしくてつい、うつむいてしまう。孤爪くんの顔を見ていたいけど、自分の顔を見られるのが恥ずかしい。気持ちを落ち着かせて。ちらっと視線を向ける。唇に一瞬、目がいってしまうのを今は許してほしい。
 前にも思ったけれど、欲望ってきりがないらしい。いつまで経っても満足できない私は悪い子かもしれない。いや、違うな。悪いのは孤爪くんだ。優しくて、かっこよくて、魅力的な孤爪くんが悪いのだ。

「……あのね」
「ん?」
「もっかい、したいな」

 私の言葉に孤爪くんは少し驚いて、照れた。

「……やっぱり名字さんには敵わない気がする」
「名前」
「え」
「名前って呼んでくれなきゃやだ」
「……名前には敵わない」
「そんなことないよ。きっと私のほうが……」

 私のほうが孤爪くんには敵わないんじゃないかな。ベタぼれだもん。思ったけれど、その台詞は言わないことにした。
 優しい表情まま、頬に手を添えられる。孤爪くんの手のひら、温かいな。そんなことを思いながら私は瞼を閉じる。再度触れる唇。昂るのに、夢見心地だ。
 10月の冷たい空気が吹いて、二人の真横を通りすぎた。秋が深まり、そうして冬がくる。私と孤爪くんはこれからどんな日々を過ごすのだろう。寒さに甘えてもっももっと触れられれば良いのに。なんてね。2度目のキスに酔いしれながら私はぼんやりと想いを馳せた。
 何度季節が巡ってもこの人の隣にいられる私でありたいと思う。臆病で時に相手を傷付けてしまうハリネズミのような私たちだけど、柔らかく温かい希望に満ちた、そんな春のような恋を貴方と、ずっと。

(16.11.09 / 完)