初詣


 研磨くんと待ち合わせをするとき、私のほうが待ち合わせ場所に早く着いていることが多い。それは私が物事は早く行動したい性格と、研磨くんに会えると思うといてもたってもいられない思いが相乗しての結果だと思っている。
 しかしその日、珍しく私は待ち合わせに遅れてしまった。寝坊してしまったのだ。1月の冷え込んだ空気に布団から出られなかった。ふと気がついた時には待ち合わせの時間ギリギリだった。慌てて着替えてメイクをして待ち合わせ場所に走っていくと、防寒着に身を包んだ研磨くんが立っていた。それが今に至るまでの事。

「ご、ごめん遅れちゃった……!」
「急がなくても良かったのに」
「待った、よね?」
「ゲームしてたから平気」

 折角の初詣なのに新年早々大丈夫だろうか、私。研磨くんはマフラーに顔を半分埋めているけれど、鼻のてっぺんが赤くなっていて寒そうだ。ゲームしてたから平気と言ってくれるけれど寒空の下、30分近くゲームって絶対辛いはずだよね……。

「本当にごめん。せっかく時間作ってくれたのに」
「クリスマスのこともあるから、おあいこ」
「確かに。それならちょっと気が楽かも」

 研磨くんが差し出してくれた左手に自分の右手を重ねる。
 1月1日。この日だけは春高前とは言え、研磨くんの部活が休みだ。というかさすがに学校が開いていないのでしたくてもできないらしい。黒尾先輩曰く。

「マフラー、してくれたんだね」
「うん。気に入ってる」
「よかった」

 何度も街まで足を運んだ甲斐があります。

「……ていうか名前、マフラーは?」
「あー、急いでて家出たから忘れちゃって」
「寒くないの?」
「走ったからさっきまでは暑かったけど実は今ちょっと寒い」

 多分、私の鼻も赤くなってると思う。もしかしたら頬もかな。子供みたいでちょっと恥ずかしい。研磨くんと繋がれていない方の手を頬に当ててみたけれど、あまり意味はなさそうだ。
 まあ私みたいな人は他にもいるか。この近辺では比較的有名な神社ということもあり、正月早々人が目立つようになってきた。屋台もちらほらと見えはじめる。そんな中で研磨くんは立ち止まった。

「これ、使って」

 そう言って、私がプレゼントしたマフラーをはずし差し出す。

「えっでもそしたら研磨くんが寒くなる」
「おれは大丈夫」
「だめだめ! だって春高あるし体調だけは気を付けないと。風邪もインフルエンザもノロウイルスも、私が研磨くんから守る! ……くらいの意気込みではあるし」

 だから研磨くんは自分のことだけ考えて! と差し出されたマフラーを押し戻すと、研磨くんは少し笑って言った。

「名前が、おれのこと守ってくれるんだ?」
「えっ……う、うん! 守れるかわからないけど立ち向かう! ていうか私と一緒の時に研磨くんに何かあったら黒尾先輩をはじめバレー部の人達に申し訳なさすぎて学校行けない……」
「おれ、そんなに弱くないのに」
「けど、マスクも消毒ジェルもあるし、あっカイロもあるから必要なら言ってね!」
「………なのにマフラーも手袋も忘れたの?」
「それは、えっと、詰めが甘かったみたい」

 苦笑い。ちょっとやりすぎかなって自分でも思ったけど研磨くんが笑ってくれたし、良しとしよう。マフラーを忘れたのは失敗しちゃったけど。でもね、研磨くん。手袋はわざと持ってこなかったんだよ。だってそのほうが手を繋ぐ口実が出来るでしょ? そんな小賢しいことを考えてました、なんて口が滑っても言えないけれど。

「でも頼もしい」
「ん?」
「名字さんが言うと頼もしい感じがする」
「そうかな?」
「うん」

 ぎゅっと手に力が入って、やっぱり手袋を持ってこなくて良かったと思った。繋がれた手が自然な動作で研磨くんのコートの中へ行く。私が言って頼もしくなるなら、それは結局、研磨くんが隣にいてくれるからなんだと思います。って言うのは恥ずかしいから、テレパスみたいなので伝わればいいのにな。
 そんな浮いてしまうような気持ちで神社の境内につく。お詣りの列は連なっていて、進むまで少し時間はかかったけれど苦にはならなかった。賽銭箱を前に5円玉を投げる。
 願うことは、思うことは、考えることは、なんだろうか。今年も幸せな1年でありますように。隣にいる人が幸せでありますように。愛しい縁を結んでくれてありがとうございます。思い付くままに言葉を浮かべた。ふと気がつくと、隣にいる研磨くんが、私にだけわかる微笑みでこちらを見ていた。
 お辞儀をして列から外れると研磨くんが口を開く。

「名字さん、ずいぶん熱心だったね」
「いろいろ考えちゃって」
「いろいろ? あ。こういうのって聞かないほうがいいんだっけ」
「ありきたりなやつだし、大丈夫だよ。去年はありがとうございます。今年も良いと年になりますように、って」
「そっか」

 研磨くんは何を思っていたのかな。多分きっと、似たようなことなんだろうな。

「研磨くん」
「なに?」
「今年もよろしくね」
「……うん。今年も、よろしく」

 白い息が舞い上がる。私の選んだマフラーをしてくれる研磨くんはやっぱり格好いい。離された手をもう一度繋ぐ。幸せだ。幸せな新しい1年の幕開け。さあ、おみくじでも引いてお守りを買おうか。大好きな人とまた、1年を始めよう。 

(17.01.02)