バレンタイン


 2月14日。それはバレンタインデー。世の女の子がチョコレートを買い求める日。これまでは友チョコにしか縁がなかったけれど、今年は違う。研磨くんと付き合って初めてのバレンタインデー。私はそれだけで無駄に気合いが入っていた。

『何が良いかな? ちなみに研磨くんアップルパイすきなんだけどチョコとは関係ないからどうしようかなって』
『定番のものは? 生チョコとかガトーショコラとかチョコクッキーとか』
『やっぱり無難なのが良いよねえ!? すんごい気合い入ったの上げて逆に引かれたくないんだよね……私今やる気に満ち溢れてて……』
『初めてのバレンタインだもん、やる気でちゃうよね』
『ゴンちゃん……!』

 そう、私の勢いは止めてもらわないと暴走してしまいそうだったのである。正直、あれこれ考えてるだけで楽しいんだけど研磨くんが喜んでくれる顔を思い浮かべるとさらに楽しくなる。ゴンちゃんとの通話を切って、ネットでバレンタインデーについて調べ始める。何を作るかだけじゃなくてラッピングも調べないと。
 2月に入ったら考えれば良いよね、なんて楽観的に考えていたのにいざバレンタインの催事場にいくと気持ちは完全にバレンタインモードになってしまって、結局1月末からは私はチョコレートに浮かれっぱなしだ。なのに。なのに、である。どういうことだろう。あれも良いこれも良い決められないとずっと悩んでいたら気がつけばもう2月10日! 明日明後日で練習をして前日の夜に作り当日学校で渡す。このプランを遂行するにはもう時間が残っていなかったのだ。

「ハート……。ハートかぁ。狙ってる感あるのもなあ」

 明日も学校があるのにも関わらず、時計の針がてっぺんを迎えても結局答えは出ないままだった。


△  ▼  △


「ね、寝不足……」
「名前ちゃん! く、隈が!」
「うそ……今日こそ早く寝る! バレンタインに備える!」
「あっ何作るのか決まったの?」
「それがまだ悩んでて……。でもね、ド定番の生チョコをハートの型で抜いてっていうのもシンプル可愛いかなあとか思ってる。味も何種類かつくって楽しんでもらいたい」
「いいね、それ! 見た目もザ・バレンタインって感じでいいんじゃないかな?」
「かな? いいかな?」
「うんうん。ハートは外せないよね!」
「ならそうする! 今日試作してみるから明日持ってくるね!」
「楽しみにしてる〜」

 学校でゴンちゃんとした約束を守るべく、急ぎ足で買い物をし、帰宅する。夕飯を食べ終わったあとキッチンで仁王立ちする私をみてお母さんはニヤニヤと笑っているが気にしない。ネットでレシピを検索して、格闘すること一時間。出来上がったチョコレートは、手作りにしては悪くないでしょうという出来だ。

「なかなか良いじゃん! ラッピングの練習も兼ねてゴンちゃんの豪華にしちゃおう」

 そして翌日、学校で出来上がった状態のものをゴンちゃんに渡すと花丸を貰えた。この調子で明日の夜に研磨くんに渡す分を作る! そして明後日渡す! こんな風に私が盛り上がっているなんて研磨くんはきっと想像もしていないだろう。


△  ▼  △


 バレンタイン当日はすぐにやってきて、その日ばかりは校内が浮き足立つような雰囲気が漂っていた。私もその雰囲気を漂わす人間の一人である。気になるのは、私以外の女の子からチョコレートを渡されているかどうか、だ。そうだったら正直ちょっと良い気はしないけど、研磨くんかっこいいし仕方ないと言えば仕方ない。いや、でも……とその日は1日中、無駄に研磨くんの動向を探る怪しい彼女になってしまったのであった。
 放課後になってようやくゆっくりと話せる時間が出来そうだったから、部活に行く研磨を引き留めて早々に本題を切り出す。

「研磨くん、今日部活何時まで?」
「えっと、多分20時とかかな」
「じゃあ、えっと、私図書室で勉強して待ってるから一緒に帰らない?」
「え」
「もしかして……予定ある?」
「いや、珍しいなって」

 驚く研磨くんは今日がバレンタインデーだってこと分かっているのだろうか。女子がソワソワしているので気が付かなかったのかな。

「ダメじゃないなら、ぜひ!」
「ダメじゃない。終わったら図書室迎えに行く」
「うん! 待ってるね! 部活行ってらっしゃい!」

 そうして大人しく約束通りに図書室で勉強をしていると、20時頃になって約束通りに研磨くんは私を迎えに来てくれた。サブバッグに入ってるチョコレートの箱が崩れていないか再度確認して学校を後にする。

「久しぶりだね、一緒に帰るの」
「うん」
「嬉しいな」
「嬉しいの?」
「嬉しいよー」
「そっか。ならおれも嬉しい」

 マフラーに隠れる口元は微かに笑っている気がした。優しい瞳で私を見てくれる研磨くんに、私は言い様のない幸福感を得る。チョコレート、どのタイミングで渡そうかなと考えていると話題を振ってくれたのは研磨くんだった。

「今日、バレンタインだったんだね」
「研磨くんわかってたんだ」
「リエーフに言われて思い出した」
「……誰かから貰った?」
「貰ってない」
「えっ本当に? 研磨くんかっこいいから絶対貰ってると思ってたよ」
「……かっこ良くはない、し、そういうの興味ないし」
「わ、私はあって!」
「え?」

 道の途中で立ち止まった私。数歩先にいる研磨くんが振り替える。うう、やっぱりかっこいい。研磨くんに向かって勢いよくボックスの入った紙袋を差し出す。

「今日渡したくて、だから、待ってたの」
「オレに?」
「うん。全然凄くはないけど味は大丈夫、なはず」
「……ありがと」

 マフラーの下に隠れる研磨くんの口元、今度はどんな風に笑っているんだろう。

「部屋で食べる」
「うん!」

 研磨くんがじっと私を見つめていること気が付いて私は首を傾げる。そして周りをキョロキョロと確認したあと、控えめに私の腰に手を添えて、私を抱き締めたのだ。研磨くんは外でこういうことを滅多にしないので、その滅多なことがいきなりやってきて私はパニックに陥りそうになる。

「え、ちょ、け、研磨くん?」
「うん」
「う、うん?」
「興味ないなんて言ったくせに、凄い嬉しい」

 耳元で研磨くんの声がして、心臓が飛び出してしまいそうなくらい緊張する。耳が赤くなるのは寒さなのか恥ずかしさなのかもう分からない。私も控えめに研磨くんに腕を回す。
 少ししてから私から離れた研磨くんが恥ずかしそうに「……ごめん」と呟く。私はまた胸が高鳴ったので頭を左右に振って言う。

「全然。むしろ幸せ」

 チョコレートよりもずっとずっと、研磨くんが私にとっては一番甘い存在だ。

(18.03.18)