プロポーズ


 研磨くんと一緒にいるときの、落ち着ける空間が好きだ。着飾らなくてよくて、自分らしくいられて、余計な気遣いをしない。もう随分と長く研磨くんとは付き合いが続いているけれど、なんとなく、これからも続いていくのだろうという感覚でいられる。
 私は特に研磨くんの家に行くのが好きだった。ゲームがたくさんあって、それはスマホのゲームくらいしかやらない私にとっては新鮮で、新しいソフトが増える度に今回はどれくらいでクリアしちゃうんだろうかと考えたりする。

「たまに思うけど」
「うん?」

 携帯ゲーム機へ一心に視線を注いでいた研磨くんの視線が私に向かう。長いことゲームをやっているはずなのに、疲れが見えないのがさすがゲーマーと言うべきか。

「飽きないの?」
「えっなにが?」
「……俺がゲームしてる時とか」

 研磨くんはちょっとだけ申し訳なさそうに言った。今更だなぁと笑ってしまいそうになる。今更、そんなことで飽きるわけないじゃん。

「集中してるときの研磨くんの横顔、好きだよ」

 すると研磨くんは恥ずかしいのか視線をそらして「そう言うことじゃないんだけど……」と言った。学生時代と比べると大人びた彼の横顔が私の胸を突く。付き合いが長いせいか、ドキドキすることはもう少なくなってきたけれど、キュンとすることは今もたくさんある。

「ボス倒したからコンビニ行くけど、欲しいものある?」

 研磨くんはテーブルにゲーム機を置いて立ち上がった。待って、と私も立ち上がる。

「一緒に行く!」

 夏が終わる夜は少しだけ肌寒い。カーディガンを羽織って外に出ると、街灯の明るさや車の音に東京には昼も夜も関係ないみたいだと思う。それでもこんなたくさんの人がいる街でこの人と出会えたことが嬉しい。
 弱く研磨くんの手を握ると握り返してくれるそれがまた、たまらなく好きだ。 

「ふふ」
「急に笑わないでよ」
「ごめん。幸せだなーって」
「どこが? 名前ってそんなにコンビニ好きだっけ?」
「もーそれわざとでしょ。金曜日の夜に研磨くんと手を繋いでコンビニ行けるのが幸せなんですー」

 研磨くんに身を寄せる。研磨くんは少し躊躇って、私に話しかけた。

「あのさ」
「なにー?」
「ずっと言いたかったんだけど」
「なにを?」
「……これから先の長い人生、2人でこうやって手を繋いで、ゆっくり歩いていきたい」

 研磨くんが立ち止まる。手を繋いでいた私も同じように立ち止まって、研磨くんを見上げた。コンクリートの道の上、街灯の下。色気もムードもないのに、私はドキドキしていた。

「名前と結婚、したいんだけど」

 あ、これプロポーズですか。そうですか。まさか研磨くんの口から結婚なんて言葉が出てくると思っていなかった私はあっけにとられた。まるで他人事。映画の台詞を聞いているようだ。実感が伴わない。

「なんか言ってよ」
「え! あ、うん」

 研磨くんの食い入るように見つめる視線に、私は現状を理解した。理解した途端、口元が緩んでくる。幸せとはどうやら、上限がないらしい。研磨くんと繋がれた手に力を込めた。好きよりも愛しいに近い。この人とどこまでも共にいたいと思える。

「私も研磨くんとこれからもこんな風に生きていきたい」

 研磨くんが微笑む。つられるように私も微笑んだ。きっと私たちはこれからもこうやって一緒に歩んでいくんだろうなって強い強い確信が胸にあった。

(16.02.10)