迎えにきてもらう


『こんばんはー。名前ちゃんじゃなくて権田原です。名前ちゃん、酔いつぶれちゃったみたいだから携帯借りて孤爪くんに連絡してます。てか私、孤爪くんの連絡先知らなかったんだね。一応高校の同級生なのに(笑)てことで迎えに来られるなら来てもらいたいと思ったんだけどどうかな?』

 23時近くになって携帯に表示されたメッセージに研磨はどうしたものかと頭を悩ませた。権田原――ゴンちゃんと名前から呼ばれている彼女は、高校時代の彼らの同級生である。

『明日ね、仕事終わりにゴンちゃんと飲みに行くんだけど、同期から聞いたオススメのお店がちょうど研磨くんのマンションの近くだったんだ! 日は越えない予定だけどもし会えそうなら会いたいから、終わったら連絡してもいい?』
『わかった。いいよ大丈夫。楽しんできて』

 昨日のやり取りを思い出す。確かに言っていた通り日は越えていないけれど酔いつぶれるほどお酒を飲むとは一体名前に何があったのだろう。心配を抱きながらも研磨は近くにあったパーカーに袖を通す。

『ごめん。ありがとう。店の場所教えてくれたら迎えにいく』

 権田原から送られてきたお店の地図を確認して、研磨は足早に外を歩いた。ほとんど駆け足だったかもしれない。それでも長年バレー部に所属していたこともあって息切れはしなかった。お店の前に二人の女性らしきシルエットが見えて、うつむき加減の彼女らに研磨は恐る恐る覗くように声をかける。初夏の夜の程よい風が少しでも酔いを冷ましてくれていると良いのだけど。

「……あの、えっと、権田原さん?」
「あっ孤爪くん。良かったー。久しぶり。ごめんね、急に」
「いや、こちらこそ。それで、名前は?」
「うん。名前ちゃーん、孤爪くんが迎えに来てくれたよー」
「ん、んー? 研磨くん?」

 微睡みの中にいるような瞳で名前は研磨を映す。その姿を認めると、嬉しそうに微笑むから研磨はつい「飲み過ぎじゃない?」といい言葉を飲み込んでしまった。権田原から受け渡された名前を左腕で支える。

「なんか先週ね、他部署の上司に嫌味言われてお局的存在の先輩に無理難題押し付けられちゃったんだって。名前ちゃん、意外と負けん気強いから残業もして凄く頑張ったみたい。お酒飲み過ぎたことあんまり怒らないであげて」

 誰が聞いているというわけでもないのに、権田原は小さい声で研磨に言った。支える左腕の中にいる名前を見る。確かに、そういう仕事の愚痴を名前は研磨の前ではあまり言わない。というよりも言わないようにしている。二人でいるときは出来るだけ楽しい雰囲気にしていたいから。そういう理由があると知っている権田原は、二人の様子に微笑ましさを感じながら「じゃあ、私はこれで」と自分は役目を終えました、と研磨がお礼を言う前に駅の方へ去っていったのだった。

「……あー、ゴンちゃん、行っちゃった?」
「うん」
「明日、お礼、ちゃんと言わなきゃ」

 眠たそうに話す名前の手を握って歩き出す。少し後ろを歩く名前の足取りは研磨が想像していたよりもしっかりしていて安心した。

「……ねー、研磨くん」
「うん」
「私、研磨くんのこと凄く好きだー」
「……それは、どうも」

 だけど酔っ払いははやり酔っ払いらしい。何が楽しいのかニコニコと擬音をつけたくなるような顔をして名前は意味もなく研磨の名前を連呼した。やめて、恥ずかしいから。ほんとにやめて。そう言う研磨の言葉も聞こえているのかいないのか、名前に止める様子はなさそうだ。

「研磨くんはねー、優しいでしょ、かっこいいでしょ、ゲーム得意でしょ、バレー出来るでしょ、良い匂いするでしょ、あと細かいところの掃除がうまい。だからねー、研磨くんに会える日は仕事頑張れるの。凄くない? 研磨くんは最高の彼氏だなあっていつも思ってるんだよ。ね。研磨くんは? 私、最高の彼女?」

 研磨は止めるのを諦めた。幸い、周りに人気はない。名前も大声で話しているわけじゃないし。ちょっと自分が恥ずかしさで居心地が悪くなるだけだ。何年一緒にいても、どうやら自分は彼女にだけは甘いらしい。
 不思議なことにそういう顔をされると柄にもなく何かをしてあげたくなる。例えば、好きとか可愛いとか、昔の自分なら絶対に言わないだろう台詞だって彼女が喜ぶなら言ってもいいかなと思えるのだ。名前と出会う前の自分が今の自分を見たらどれほど驚くだろう。そんなもしもを考えたがら研磨は名前の問いに答えた。

「まあ、そうだね。……そもそも、そうじゃなかったらこんな何年も一緒にいないでしょ」
「そっかー。へへへ、そうだよねー。……んー。ねー、研磨くん。なんかちゅーしたいから帰ったらちゅーしよう。うん、そうしよう。ね、いいよね? 」

 名前は幸せそうなままだ。幸せそうに研磨を見ている。仕方ない、今日ばかりは一生懸命頑張ったという名前のことを甘やかしてあげよう。研磨の住む家まであと少し。繋がれた手はそのままに、二人は寄り添うのである。

(17.03.01)