当日


 我ながらうまく作ったと思う。もはや歴代最高の出来じゃないだろうか。完成されたアップルパイを前に、私は悦に入っていた。

「あっ時間!」
 
 約束の時間に研磨くんの家に着くためにはそろそろ部屋を出ないといけない。先日ネットで見つけた可愛いケーキボックスにアップルパイを入れて忘れ物がないか確認をする。
 明日は土曜日だからと一泊用の荷物を持って部屋を出れば外はほんのりと影を落としていた。郊外にある研磨くんの家は電車に乗って1度だけ乗り換えれば辿り着ける。絶対にアップルパイを偏らせないと集中しながら家の前まで着くと、ちょうど玄関を開けた研磨くんと目があった。

「研磨くん」
「いらっしゃい」
「どっか行くの?」
「そろそろ着くだろうと思って」
「わっありがとう。荷物多くてインターホン鳴らせないって困ってたんだ」
「うん。そんな気がした」

 私の持つ荷物を手に取り研磨くんは家の中に入る。それに続いて中に入れば振り向いた研磨くんに言われる。

「それ作ってきたの?」
「そうだよ」
「本当に作ってくれたんだ」
「約束したし。えっダメだった?」
「じゃなくて。楽しみだなって思って」
「今回のは凄いよ!」
「アップルパイに凄いとかってあるっけ?」
「歴代最高」
「自分からハードルあげてくるじゃん」

 自信満々な私を研磨くんは微笑ましい様子で見つめる。なんせネットで高級リンゴお取り寄せしましたから。図書館でレシピ本大量に借りてきてどれが良いのか比べましたから。なんてことは言わないけれど。
 久しぶりに研磨くんの家に来たけれど居間にはすでにこたつが用意されていて、私は冬の代名詞とも言えるそれに少しテンションが上がった。研磨くんの家のこたつに入ってぬくぬくするの好きなんだよね。とは言え今は電源が入っていなくて中に足をいれても温かい温度は感じられなかった。

「研磨くんこたつ出すの早いね」
「夜寒いし」
「ちゃんとベッドで寝てる?」
「⋯⋯うん」

 あ、寝てないな。まあ研磨くんのことだからだろうとは思っていたけど。

「ちゃんとベッドで寝てね」
「寝るよ今日は。名前と一緒に」
「⋯⋯そうですね」

 そうだけど。そういうことじゃなくて。

「研磨くんご飯食べた?」
「まだ」
「私もまだだけどどうする? 食べに行く? つくる?」
「うーん⋯⋯」

 私が作るときもあるけれど、研磨くんは大抵配達で済ませる事が多い。曰く、効率的らしい。研磨くんなんだかんだ忙しい人だから気持ちは分かるけど。毎日自炊するのは絶対に想像出来ないし。

「名前がいいならおれは配達で良いんだけど」
「誕生日なのに?」
「誕生日なんてただ1つ年重ねるだけだし。特別じゃないよ」

 人はその事を特別視するのに、研磨くんはいつも自分の誕生日をそんな風に言う。私は私で好きなように研磨くんのことをお祝いしちゃうし、らしいと言えばらしいんだけど。

「それにおれにはアップルパイがあるから」

 そう言ってこたつの上に置かれたアップルパイの箱に視線を運んだ。

「むしろ早く食べたいんだけど」
「食前アップルパイする?」
「なにその単語」
「食前酒的なやつ」
「全然違うでしょ」

 そう言いながら研磨くんは台所から包丁とお皿とフォークを持ってきてくれる。

「開けるよ?」
「うん。どうぞどうぞ。あっ歌う?」
「いい。恥ずかしい」
「⋯⋯はい」

 研磨くんの手によってアップルパイが箱から出てくる。見た目の焼き加減も形も最高だと思うんだけどどうかな? と期待をしながら研磨くんを見る。

「焦げてない」
「それは前回だけだよ!」

 等分に切ってそれぞれお皿に乗せるとアップルパイは綺麗な断面を見せた。研磨くんが口に運ぶのを見届ける。自信はあるけれど、目の前で食べてもらう事ってどうしても緊張してしまう。そんな私の気持ちを感じ取ったのか、研磨くんは笑って「そんな怖い顔しないでも美味しいから」と言った。

「美味しいけど、名前が食べさせてくれたらもっと美味しくなる気がする」
「えっ」

 意地悪な笑みと共に放たれた研磨くんの言葉に私はアップルパイをフォークに乗せてその口に運んだ。大人の成長を遂げた研磨くんは、時折こうやってクレバーに私を翻弄する。

「なんか⋯⋯研磨くん今日はちょっと珍しいお願いするね」
「ダメ? おれ誕生日だし」

 研磨くんがそんな風に笑うのは出会った頃からは想像できない。

「いいよ、お誕生日様だし! 許す!」
「じゃあ次は何してもらおうかな」
「⋯⋯研磨くん楽しんでるでしょ」
「うん、楽しい」

 結局これは惚れた弱みだ。研磨くんが優しくても優しくなくても私はこの人をずっと愛しいと思う。これから先やってくる次の誕生日も、その次の誕生日もこうやってお祝いしたい。パイ生地みたいに何気ない毎日を積み重ねてたくさんの優しい日々をつくっていきたい。

「研磨くん、お誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」

 大好きな研磨くんと一緒に。
 
(20.10.15)