ハロウィン


 あ、そっかそろそろハロウィンか。と思い出したのはデパ地下のお菓子売り場の包装がハロウィン仕様になっていたからだ。ハロウィンって特別何かをするわけじゃないけど、ジャックオランタンとか並んでるの見るとついつい可愛いなと思っちゃう。
 研磨くんとはハロウィンらしいハロウィンを過ごしたことはなかったけれど、確か今週末のちょうどハロウィンの日に時間が作れそうって言っていたしちょっとだけ楽しんでみるのもありかもしれないと、私は売り場にあるハロウィン限定のお菓子をいくつか購入した。
 それらが詰め込まれた紙袋を上から覗けば、私はクリスマス前のあの気分が高揚する感覚に近いものを覚えた。あれ、なんかちょっとハロウィン楽しみになってきた! とデパートから帰る頃には疲れていたはずなのに足取りも軽くなる。

(ハロウィン、カップル、過ごし方⋯⋯と)

 少なくともその日の夜にそんなことを調べてしまうくらいには楽しみだったのだ。カボチャ料理をつくるとか、ホラー映画を見るとか、部屋を飾り付けするとか、コスプレをするとか。やればやれで楽しいんだろうけれど、果たして研磨くんがこれらのことを乗り気でやってくれるだろうか。⋯⋯やってくれないと思う。そもそもトリックオアトリートって言ってくれないとこのお菓子も出せないんだけど。
 料理、ホラー映画、飾り付け、コスプレ。

(うーん⋯⋯研磨くんのコスプレにはちょっと興味がある⋯⋯)

 本格的なものじゃなくてもちょっと魔法使いみたいなローブを羽織るとか、魔女の帽子みたいなのを被ってもらうとか、あ、猫耳? 猫耳のカチューシャ着けた研磨くんと写真撮りたいけど絶対に却下されちゃうよね⋯⋯。
 秋の夜長、私は読書でも食欲でも芸術でもなく、ただただ研磨くんと過ごすハロウィンについて頭を悩ませるのだった。


△  ▼  △


「いらっしゃい。寒くなかった?」
「うん。厚着してきた」

 ハロウィン当日、大学の授業が終わって研磨くんの家に行けば研磨くんはいつものように私を出迎えてくれた。きっと私が今日に至るまでどれだけハロウィンのことを調べたのかなんて思いもしないだろうし、この荷物の中にハロウィンを楽しむためのアレコレが入っているなんてきっと考えもしていないだろう。

「なんか⋯⋯ちょっとご機嫌じゃない?」
「えっそうかな?」
「何か企んでる?」
「ま、まさか!」
「⋯⋯まあいいけど」

 研磨くんの観察力凄いと思いながら居間に通されると私はすぐに荷物の中から目的のものを手に取った。

「研磨くん! トリックオアトリート!」
「え」
「いたずらとお菓子、どっちがいい?」
「それおれが選んでいいの?」

 デパ地下で買ったハロウィンのお菓子の詰め合わせと、あわよくば研磨くんが着てくれないかなと思ってネットで購入した男性用の魔法使いのコスプレ。

「それだったら普通にお菓子選ぶけど」
「えっ⋯⋯」
「その左手の物そもそも、なに?」
「研磨くんが着てくれたらいいなあと思ってポチったやつ」
「⋯⋯トリックってこと? でもそれおれがお菓子渡さない場合じゃないとダメじゃない? お菓子なら普通にあるんだけど」
「⋯⋯あ、そっか。研磨くんと一緒にハロウィンのお菓子食べたい気持ちと、このコスプレを着てほしい気持ちが混ざってハロウィンのルール無視しちゃってた」
「なにそれ。めちゃくちゃハロウィン楽しんでるじゃん」
「私は研磨くんとハロウィン楽しみたかったんだよ⋯⋯」

 ハロウィンの起源すら知ったというのに、研磨くんとしたいことが多すぎて自分の欲望を詰め込みすぎた。

「おれは今の段階でも結構面白いけど」
「⋯⋯でもこれ着てくれないよね?」
「それは、えっと⋯⋯」

 ダメ元で聞けば研磨くんは困ったように視線を反らした。仕方ない、諦めよう。準備期間が足りなかったのだ、と納得させようとすると深いため息を吐いた研磨くんが言う。

「⋯⋯おれサマナー系よりシューターとかのほうが好きなんだけど」
「えっ⋯⋯な、なんて?」
「そのかわり名前も着てね」
「えっ」
「じゃないといたずらしちゃうから」

 私の左手から魔法使いのローブをとっていった研磨くんは、目の前でささっとそれを羽織る。ローブだし、別に凝ったものじゃないんだけど、研磨くんが着ているからなのか、研磨くんだからなのか、願いが叶った瞬間私はトキメキに襲われた。

「え⋯⋯かっこいい⋯⋯好き⋯⋯」
「言い方がなんか⋯⋯」
「だって研磨くんかっこいいよ!」
「⋯⋯別に、布羽織ってるだけだし」
「私主催のハロウィンコンテストで優勝した」
「参加者おれだけじゃん」

 研磨くんはこういう身のない会話にも付き合ってくれる。まあこんなオチも山もない会話、研磨くんくらいとしかしないけど。

「ちなみに猫耳もあるんだけど⋯⋯?」
「それは絶対にイヤ」

 私と研磨くんの少し騒がしいハロウィンはまだ始まったばかりだ。

(20.10.30)