12月24日


 気持ちが浮足立つのはクリスマスイブだからなんだろうか。それとも久しぶりに好きな人の家に遊びに行くからなんだろうか。美容室を後にして、そう思いながら眩しいくらいのイルミネーションの中を抜けても答えは出せないままだった。

『今電車乗った!』

 駅についてタイミングよくやってきた急行電車に飛び乗りすぐに研磨くんに連絡する。
 窓から見えるネオンの光。小さくてシンプルで綺麗な紙の手提げ袋。普段に比べてカップルの割合も多い気がする。今日と言う日をたらしめるものたちは街中、いたるところに溢れていた。
 電車に揺られて数十分。途中の駅に止まる度、研磨くんの家の駅まであと何駅だと心の中で数えながら急行電車は緩やかに過疎して私を研磨くんの元まで運んでくれる。

「研磨くん」
「うん、いらっしゃい。ああそっか。美容室って言ってたもんね」

 ひとりでは手に余りそうなくらい広い研磨くんの借家に着けば、家主の研磨くんが出迎えてくれる。美容室に行ってから研磨くんの家に行くということは数日前に告げていたけれど、前回会った時とは違う私の髪型を見て研磨くんは思い出したようにそう言った。

「思ったより時間かかったから急いで帰ってきた」
「良いじゃん、髪。似合ってるよ」
「本当? 嬉しい、ありがとう」

 研磨くんの家はいつ来ても空調がパーフェクトで、玄関の扉を閉めれば外気に晒されて冷たくなった身体は一気に温かさを感じるようになった。寒暖差に身体が痺れるような感覚を一瞬覚えたけれど、それもすぐに消える。

「はやくこたつに入りたい」
「手洗いとうがいね」
「はーい」

 居間に行って、研磨くんは先にそそくさとこたつの中に入り込んだ。手洗いとうがいを済ませてから私も研磨くんの隣に、半ば強引に入り込む。

「……なんでわざわざ狭いところに来るかな」
「だって研磨くんの隣が良かった」
「名前は俺のこと大好きだね」
「大好きだよ。世界で1番大好き。一緒にいられて最高に幸せ!」

 自分からからかうように言ったくせに、私の返事に照れる様子を見せたのは研磨くんだった。それを誤魔化すように、研磨くんは手を伸ばして私の冷たい頬にそっと触れる。

「まだほっぺた冷たい」
「うん」
「寒かった? 外」
「寒かった、外」
「切ったんだっけ?」
「うん。あとリタッチもした。美容師さん最後スタイリングしてくれたけど自分じゃできないから今のうちに良い状態の私を見てほしい」
「なにそれ」
「今夜限りのスタイリングってこと」

 頬にそっと添えられた研磨くんの親指が撫でるように滑る。

「かわいいよ」

 研磨くんが甘いのはクリスマスイブだからなんだろうか。今日は疑問ばかりが浮かんで、思考がまとまらないみたいだ。嬉しさと恥ずかしさを同時に感じながら、研磨くんを見つめる。

「せっかく可愛くしたのに、外とか行かなくて本当に良かったの」

 私が強引に隣に入り込んだことを研磨くんはもう気にしていないようだった。研磨くんから熱を貰ったはずなのに頬から手のひらが離れた瞬間、冷える感覚を思い出す。

「うん。研磨くんの家でふたりっきりのクリスマスパーティーすっごく楽しみにしてた」
「そんなに?」
「この日の為にゲーム実況の動画めちゃくちゃ観てきたから今日は研磨くんに勝てるかもしれない」
「へえ、俺以外の実況聞いたんだ」
「えっ。ご、ごめん」
「いいよ、別に。冗談」

 ひとしきり私で遊んで満足したのか、研磨くんは楽しそうに笑った。切った私の毛先を指で遊びながら、こたつのテーブルに伏した研磨くんは私を見上げながら問いかける。

「……あのさ」
「うん?」
「今日、したい」

 細く小さい声に、何をと理解するには少しだけ時間がかかった。眼差しは真っ直ぐ、研磨くんの揺れるような丸い瞳を見つめながらその言葉の意味を理解しても、私は自分の言葉が見つけられなかった。
 何が研磨くんをそう思わせたのかわからなかったけれど、前触れもないそれは予想することすら困難で、私は羞恥の海で溺れそうになる。

「だめ?」

 追撃をするように研磨くんは言った。初めてじゃあるまいし何を躊躇う必要があるんだと思うけれど、大好きな人に見つめられて、優しい声色で言われて動揺しないなんて私には無理だ。
 俯いて髪の毛が揺れれば、スタイリング剤の香りが鼻腔に届いた。熟れた果実のような甘い香りはいつもの自分とは違って新鮮だし良い香りだと思うけれど、その一言で、研磨くんの香りに包まれたいと願ってしまった。

「……だめじゃない」

 もうすぐ、優しい夜が降りてくる。

(20.12.16 / 2020xmas企画)