研磨の結婚生活


「おかえり、研磨くん」

 家に帰ればそう言って出迎えてくれる。その事に今でも時々、妙な感覚を覚える。

「ただいま。これもらったからあげる」
「えっなになに?」

 もらったお土産を手渡すと嬉しそうに中を覗いているのが可愛いと思う。この人が俺の奥さん。

「おお! これは最近行列ができるって噂のお店のお菓子だ!」
「そう言えばそんなこと言ってた気がする」

 便宜上妻って言うこともあるし、まあ他に言い方はないから仕方ないけど、やっぱり名前は名前だから奥さんって言うのはちょっと違和感がある。
 クロなんて人の結婚式で泣きそうになってたくせに、おれが奥さんとか妻って言葉をつかうとニヤニヤと笑ったりする。敢えてからかうようにしばらく言うしめんどくさい。
 だからやっぱり奥さんって言うのはなんか少し、気恥ずかしい。

「今日休みだったっけ?」
「そうだよ。ゴンちゃんと会ってきた!」
「へえ。元気だった?」
「うん。そう言えばゴンちゃんプロポーズされたんだって!」
「じゃあ権田原さんも結婚するんだ」
「そうなんだけど相手の名字が権藤さんだからどっちの名字選んでもゴンちゃんのあだ名からは逃れられないって話しててさ」
「なにそれ凄い」

 多分帰ってきてから作ってくれた料理を名前はテーブルに並べる。俺が想像してるよりもきっと、栄養とか見た目とか色々気を使ってくれているんだと思う。
 美味しいし慣れれば手料理以外食べるとテンション下がるようになったけど、それで無理するくらいなら俺は外食でも全然いいし。上手く伝えられなくて喧嘩にはなりたくないから名前は家事にはあんまり口出ししないけど、楽になるならスマート家電とかたくさん使ってほしい。て言うか俺が使いたい。
 言ったら多分、名前は笑ってくれると思うから今度提案しようとは思ってるけど。

「今度研磨くんの時間がある時で良いんだけど」
「うん」
「前から使ってる電子レンジをそろそろ買い替えたいなと思ってて、一緒に家電量販店見に行かない?」
「壊れた?」
「まだ使えるんだけど、最近料理楽しくてちょっと色々作ってみたいなって」
「ああ、だから最近バラエティに富んだラインナップなんだ」
「うん。今度福永くんにパエリア教えてもらう約束してて」
「あのめっちゃ旨いやつ」
「そう! あのめっちゃ旨いやつ教えてもらう」

 一緒にご飯を食べながらこういうありきたりな会話をすると穏やかな気持ちになる。落ち着くっていうかこれもちょっと不思議な感覚だけど、付き合ってた時とはまた別の、上手くいえないけど良い感じのやつ。

「なんか研磨くん今日ご機嫌だね?」
「そう?」
「まあいろいろと一段落したし」
「最近忙しそうだったもんね」
「うんでも一区切りしたから。どっか行きたいなら休みとれるし。構ってあげられるよ」
「本当に? 嬉しい! けど、うーん、最近ゆっくり2人で家で過ごすこともしてないしゴロゴロするのもいいよね。研磨くんががっつりゲームやってるの横で見るのもいいし⋯⋯」
「それ⋯⋯楽しいの?」
「楽しいよ。研磨くんが居てくれると全部楽しくなる」

 名前が笑う。出会った頃と変わらない優しい笑みだ。素直なところとか、表情が豊かなところとか、柔らかい言葉使いだとか、好きなところはたくさんあるけれど、そうやって笑いかけてくれると結婚して良かったなって思う。
 帰ってきて名前いる日とか、名前が帰ってくるのを待つ日とか、同じ場所から出掛けて同じ場所に帰ってくることとか。多分、その幸福は大人になれたから気付けた。

「ねえ」
「うん?」
「好きだよ」
「⋯⋯と、突然なのは良くないと思います!」
「そう?」
「事前に装備してないと愛情で倒れる」
「いや⋯⋯意味がわからない」
「研磨くん普段そんなこと言わないから嬉しくてニヤニヤしちゃう」
「わりと毎日思ってるけど」
「そういうとこ! 私も好きだけど!」

 力が抜ける。ゲームオーバーもクリアもない。毎日をずっと繰り返す。つまらなくなるのか面白くなるのかは俺たち次第。1から作り上げる新しい生活。

「名前と結婚して良かった」

 孤爪名前。この人が、優しくて可愛い俺の自慢の奥さん。

(20.10.15)