家事を頑張る


 買い物から帰ってきたばかりの名前が台所のほうで忙しなく動いている様子を居間から見つめる。右へ左へと移動する様子に疲れないのかなとも思うけど、目が合った瞬間嬉しそうに笑うから結局思ったことは何一つ言葉にはならなかった。

「あっ研磨くん今日食べたいものある?」
「食べたいもの? なんでもい⋯⋯あー⋯⋯海鮮系とか、かな。シーフードパスタとか、煮付けとか」

 食べたいもの何? と聞かれてなんでも良いだけは絶対に言うなとクロに言われたことを思い出す。最後の一文字を言うのをギリギリ回避して、適当に思い浮かんだものを言えば、名前は「わかった!」と意気揚々に台所へ向かった。
 
(危なかった⋯⋯)

 なんでもいいっていうのは、別にどうでもいいとかそういうことではない。名前の作ってくれたのはなんでも美味しいし、なんでも食べるから何作ってくれても嬉しいよって意味。
 嫌いな食べ物ものは出来るだけ出してほしくないけど、実際に食卓に出たことはないから今後も出てこないと思ってる。
 なんでもいいって言っても多分名前は目くじら立てて怒るとかはしないだろうけど、もしそれで嫌な気持ちになるんだったら言わないようにしようって思うし。

「パエリア! 研磨くん、パエリアにしよう! 福永くんに教えてもらったパエリアこの前はちょっと失敗したけど今日はいける気がする。ううん、むしろいける気しかしない」

 小さな鼻唄が止まって名前は俺の名前を呼んだ。嬉しそうに、楽しそうに、得意気に。少しくらい手を抜いても俺は気にしないんだけど。おいしいパエリアを食べられたら嬉しいけど、こうやって当たり前に名前がいてくれることが重要っていうか。

「名前」
「研磨くんどうしたの? 喉乾いた?」
「じゃなくて。俺、手伝えることある?」

 台所に行って隣に立つ。結婚したばかりの頃に雑貨店で買った、リンゴの絵柄のエプロンをしている名前はまあ、なんていうか、単純にかわいい。

「いいよいいよ。昨日会社行って帰ってくるの遅かったし、今日も朝からいろいろ作業してたよね? 全部私に任せて研磨くんは居間でゆっくりしてて」

 結婚したら、こういう生活が当たり前になったら、浮足立つような感情ってゆっくりと落ち着いてくものだと思ってた。良い意味でハラハラもドキドキもしないっていうか、安心できる場所になるっていうか。
 じっと見つめて、じわじわとあたたかい感情が膨れて、漠然としてるけどいいなって思う。

「そう言われたら俺本当に何もしないけどいいの?」
「いいよ。やってほしいことあったら私からお願いする」
「じゃあ……待ってる」
「うん」

 テキパキと動く名前を台所に残して居間に戻る。パエリアを作りながら洗濯をしたり、掃除ロボットのスイッチをいれたりして、でもたまにこっちを見て笑顔になるのを俺はただ見つめるしかできない。
 しばらくしてから、名前は出来上がったパエリアを丁寧に居間まで持ってきて、湯気が立ち食欲を掻き立てるような香りを漂わせながら目の前に置いた。

「……あのさ」

 絶対に熱いなってわかるから食べ頃の温度になるまで手はつけない。その間に、と目の前に座る名前を見つめた。

「うん?」
「疲れないのかなって」
「疲れる、とは……?」
「家事とか頑張ってくれてるの凄く嬉しいけど、疲れたりしないのかなって」

 尋ねる俺に名前は首を傾げる。

「んー……あっ! じゃあご褒美ちょうだい!」
「ご褒美? いいけど、なに?」
「ハグして!」

 そう言った名前はそばまで来ると俺に向かって大きく腕を広げた。抱きしめられる瞬間を今か今かと待ちわびる様子。ああ、もうこんなのさ、好きだなって思う以外なくない?

「これ俺にもご褒美なんだけどいいの?」
「研磨くんも毎日頑張ってるから良いんです」

 死ぬまで一緒にいますってカミサマの前で誓ったわけだし、俺は俺の出来る範囲で名前を幸せにしなくちゃなって思うからハグくらいいくらでもする。

「研磨くん大好き」

 俺がなかなか言えない言葉を名前はいつも簡単に口にしてしまう。そう溢した名前に気恥ずかしくなって、悪戯心からぎゅっと少しだけ力を込めてみると名前は「痛いです! ギブアップ!」と楽しそうに笑った。

「名前」
「なに?」
「いつもありがと」

 ちょっとびっくりした顔をして、すぐに照れくさそうに笑う名前の頬に軽くキスをすれば、きっともうパエリアは食べ頃の温度になっているはずだ。

(20.12.09 / 60万打企画リクエスト)