結婚報告


 仕事終わりに寄った研磨の家で、ビールを飲みながらコントローラーを動かす研磨の背中を見つめる。名前ちゃんの仕事が忙しいらしくて最近全然一緒にご飯食べれてないという報告に、近所で評判の惣菜を買ってきたけれどゲームに夢中の研磨はまだ手を付ける様子はなかった。
 研磨らしいというかなんというか。さすがに名前ちゃんの前ではこうはならないだろうと思うけれど、俺だって研磨の幼馴染なんだからもう少し構ってくれてもいいんじゃないの?

「食べねーの?」
「食べるけど待って。いまいいところ」
「それさすがに名前ちゃんの前ではやるなよ」

 その名前を出して動揺したのかいつもはしないであろうミスをした研磨が少しだけ不服そうな顔でこちらを見る。

「……やらないよ」
「じゃあ俺にももう少し構ってちょうだいよ。毎日毎日社会への貢献頑張ってんだから」
「えー……」

 渋々と言った様子で研磨がようやく惣菜に手を付けた。元々食が細いし言わないと食べなくても平気で過ごすような性格だから名前ちゃんの目がない今、研磨の食生活を考えると小さくため息が漏れる。

「あ、そうだ。俺、結婚するから」

 改まることもなく話題と話題の狭間にそっと置くように研磨は言った。一瞬、聞き逃してしまいそうになったくらいそれは自然な言葉だった。

「は?」
「だから、結婚」
「名前ちゃんと?」
「名前以外にありえないってば」
「まじか……」
 
 意外ではない。むしろ納得する。が、さすがに予想していなかった言葉にこっちが動揺する。
 研磨が結婚。あの研磨が。名前ちゃんと。幼い頃から知るその姿を辿るように思い返せば、身体の奥深くから湧き上がるえもいわれえぬ感情が血流を巡る。

「まだ結婚式の日程は決まってないけど、スピーチはクロにお願いすることになるだろうし……え、なに? なに、それどんな顔?」

 俺の方を向いた研磨がぎょっとした顔をする。どんな顔ってこっちが聞きてぇわ。俺どんな顔してんのよ、今。幼馴染に結婚報告されて簡単に平然は装えないでしょ。

「……いやなんつーかすげえ嬉しいんだけど、感慨深いなって」

 研磨がバレーを続けてくれた時。目立つことを厭わなくなった時。どんどん変わっていく研磨を近くで見てきて、同時に俺の知らない研磨が増えていって。そうか、研磨はまた1つ変わっていくのか。
 込み上がる気持ちをどうにか抑えて残りのビールを飲み干した。

「研磨もどんどん大人になっちゃって幼馴染としては嬉しいやら寂しいやら」

 互いへの信頼。揺るがない信用。いろんな事を乗り越えていろんな事を経験してたくさんの時間をふたりが重ねてきたことを知っている。

(考えてもみれば俺たちいい大人だもんな。もう河川敷でバレーしてた子供じゃないし、部活に青春をかける学生でもない)

 一緒に学校に通うことはないし、毎日毎日バレーをすることもない。俺たちはもうあの頃みたいに日々を過ごすわけじゃないけれど、それでもきっと変わりゆく日々の中で変わらずに関わり合っていくんだろう。

「……別に結婚したからって何が変わるとかじゃないし」
「いやいや変わるでしょ。そこは変わっていきなさいよ」

 気恥ずかしいのか研磨は視線をそらして言った。

「今日何食べたいって聞かれて、なんでも良いだけは絶対に言うなよ」
「なにそれ」
「結婚する研磨へのアドバイス」
「……クロ独身じゃん」
「これまでの経験に基づいてまーす」

 研磨が、好きな人を生涯かけて幸せにする覚悟を決めた。それがどれだけ凄いことかわかるから、ああヤバい。もうすでにちょっと泣きそうになってる。ほんと、歳を重ねると涙腺が脆くなって困る。

「ねえまだ結婚報告の段階なんだけどなんでそんな泣きそうな顔になってるの」
「まだ泣いてませんし」

 そう、まだ。結婚式はちょっとやばいかもしんないけど。

「……あのさ」
「ん?」
「学生の頃、クロが話聞いてくれたり色々お節介してくれたから多分、今こうなれてる所もあるし、その……まあ、ありがと」

 泣くわ。こんなの絶対泣くわ。
 重ねてきたこれまでの日々を想う。友人代表スピーチなんて初めてするけど何喋ればいいんだ。言いたい事は山ほどある。
 いや、でも今は。何よりもこの言葉を大切な幼馴染に贈ろう。

「研磨」
「なに?」
「結婚、おめでとう」
「……うん」

 研磨は優しさを乗せた笑みを向ける。
 遠くない先、神様の前で愛を誓い合うふたりにたくさんの祝福をおくれることを心待ちにして、その未来に幸多からんことを願った。

(21.02.28 / 70万打企画)