すずらんの日
「名前ちゃん、コレあげる」天童さんが花束を差し出す。白いドレスを身にまとっている花の名は。
「すずらん、ですか?」
「そそそ。今日なんの日か知ってる?」
「五月一日……えっと、メーデーですよね?」
夏はまだ少し遠い。だけど確かに目前にある季節を感じながら、私は今日もパリの街で生きている。天童さんがいる、パリの街で。
「それも正解なんだけど今日はね、すずらんの日。家族とか恋人とか、特別な人にすずらんあげんの」
その言葉を聞いて、ここに来るまでのことを思い返した。確かに今日は街中すずらんの香りでいっぱいだった。優しくて可憐な香りが今また目の前で咲く。
「知らなかったです。だから今日は街中ですずらんがたくさん売られてたんですね」
「そんで、受け取った人は幸福が訪れるんだってさ。だからこれは俺から名前ちゃんに幸せのプレゼントってことで」
天童さんの表情は柔らかい。声も、言葉も、溢れ出る雰囲気も。そして私は今日もこの人を好きだと思う。
でも、だったら、だからこそ。
「それなら、私もすずらんを天童さんに渡したいです。一人で幸せになるよりも一緒に幸せがいいです」
目を細める天童さん。伸びた手が私の頬に触れる。普段は丁寧にショコラを扱っている指先が、今は私だけに集中している。
ああ、なんと甘美で贅沢なことなのだろう。私の世界はいとも簡単に蕩けてしまう。
「俺にとってのすずらんは名前ちゃんだよ」
鼓膜をなでた声はショコラよりも甘い。中毒性が高いなと思いながら、私は今日も溺れている。天童さんが作り出すショコラの海で。
(22.04.02)