試合会場にたどり着き、席に着席した後、昼神さんは「実は……」と言いにくそうに口を開いた。
「言ってなかったんですけど、兄もいるんです」
「え?」
「背番号2の選手が俺の兄で」
「そうなんですか!?」
「さっきバレー一家って言ったと思うんですけど、兄も姉もバレーの選手なんです。身内の試合だって言うのも恥ずかしくて言えないままで、すみません」
「確かに選手一覧に昼神選手いますね……珍しい名前なのに私も気が付かなかったです。盲点でした」
ハッとして言うと昼神さんは笑った。その笑みが何を示すのかわからなかったけれど、なんとなく昼神さんの気持ちが切り替わったようにも思える。
そして会場に選手が入場すると、昼神さんは私の耳元に口を寄せて内緒話をするように言った。
「で、あれが光来くんです。さっき言った」
「やめたら、の!」
「そうそう」
ここに着くまでの車の中で聞いたエピソードを思い出しながら昼神さんと顔を見合わせる。
あの方が噂の! と感動を覚え、私は顔を輝かせた。その後に続いたのがお兄さんだろうか。会場に響く昼神という名前に私はついまじまじとその顔を見つめて昼神さんに似た部分を探そうとする。
あ、目とか結構似てるかもと昼神さんのほうを向くと、昼神さんはいつもよりも子供みたいな、純粋さが一層際立つような瞳をしていたから、私は思わず言ってしまう。
「昼神さん、ニコニコしてします」
「え、俺ニコニコしてました?」
「してますしてます。昼神さんはいつも笑顔のイメージですけど、なんていうか、今はワクワクとニコニコって感じかな?」
私の指摘に昼神さんは少しだけ気恥ずかしそうに笑った。大切な家族や、友人がいる空間。その努力や葛藤を知っている分、こうやって応援できるのは一際嬉しいんだろうな。
そして私自身も、そんな昼神さんの近くでこうして応援出来ることがたまらなく嬉しい。
「私も一生懸命応援します。星海選手も、昼神選手も頑張ってほしいです!」
「はは。俺より気合い入ってて頼もしいです」
軽快な音楽に混ざるその柔らかな声が心地良かった。
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「んー! 勝利のビールは最高に美味しいですね」
アドラーズの勝利を見届け、地元まで戻ってきた私達は昼神さんの家の近くの居酒屋で祝杯を交わしていた。目の前のお皿には炭火で焼かれた焼き鳥が並べられており、食欲を掻き立てる。
「よかった、名字さんが居酒屋大丈夫な人で」
「え?」
「いや〜、俺も昔の話なんですけど、彼女にデートで居酒屋連れて行かれるのは嫌って言われたことがあって」
「デート……」
「あっすみません今日はデートとは違いますよね」
「い、いえいえ。似たようなものっていうか、ん、似たようなもの? あ、男女で出かけることをそう言うならそうなるな〜くらいの勢いなんで、他意はないっていうか、いや何言ってるんだろ私……」
「あはは」
お酒を飲んでいるせいか、いつもよりも余計なことを口走ってしまいそうだ。それなりに大人だからお互い過去にどんな恋があったとしてもそれはそれと割り切れるけれど、昼神さんが好きになる女の子ってどんな子なんだろうと疑問に思う。
「名字さん、今日は一緒に過ごしてくれて本当にありがとうございました」
「そんな改まらないでくださいよ。私もすごく楽しかったんで。ぜひまた一緒にバレーの試合行きたいです」
「バレーの試合じゃないと一緒には行ってくれないんです?」
「と、言うと?」
「普通にご飯とか行きたいなって思うんですけど。美味しいシュウマイのお店とか」
「あ、大きいシュウマイ!」
「名字さんさえ良ければ」
「もちろんです。断る理由なんてどこにもないです」
焼き鳥を頬張ってビールを飲む私を昼神さんは楽しそうに見つめる。もしかしたら昼神さんも私と同じように少し酔っぱらっているのかもしれない。
半個室でもないオープンの席なのに、居酒屋特有の喧騒が私たちの声をかき消して、まるで2人で内緒話をしているみたいも思える。
「じゃあまた誘います」
その言葉に強く心をつかまれる。
「次も楽しみです」
その約束を果たす日がいつになるのかわからないけれど、心地良いから今はもうそれだけで良い。
新しく運ばれてきた焼き鳥に手を伸ばす。同じタイミングでビールを飲んで、バレーボールのことを話して。満たされる夜に心がゆっくりとほぐれていくようだった。
(21.07.25)