世界各国のお土産をもらう話


「え、アルゼンチンとポーランドとイタリアとブラジル? まさか会社辞めて世界一周するの? やだやだやだ! 黒尾が辞めたら同期一人もいないじゃん!」
「人の話は最後まで聞きなさいよ」

 久しぶりに黒尾とお昼ご飯を外へ食べに行った日、そう言えば、と黒尾が口を開いた。そう言えば俺、今度アルゼンチンとポーランドとイタリアとブラジル行ってくるわ、と。 
 競技普及事業部って年中忙しいし、忙殺される前に世界一周でもしてリフレッシュしようとか思ってるんじゃないだろうか。むしろ仕事を辞めて世界を巡るつもりなんじゃないだろうか。そんな心配と不安が脳裏を過ぎる私に、黒尾は首を横に振った。

「世界一周じゃねぇし、仕事も辞めないから」
「よ、良かった……!」
「どんだけ俺に辞めてほしくないわけ」
「いやそんなの一緒にここで骨を埋めようってくら……え、じゃあなんでそんなに何ヶ国も行くの?」

 眉間に皺を寄せながら聞くと、黒尾はただ一言「仕事」とだけ答えた。
 仕事。仕事って。仕事でそんな世界一周みたいなことあるんかい、とツッコミそうになったけれど黒尾が言うのだからそうなのだろう。海外旅行は憧れるけれど流石にそこまでの長距離移動は遠慮したいなと、ご飯を口に運びながらぼんやり考える。

「スペシャルマッチのやつで」
「あ〜その件ね。競技普及事業部そこまでやるんだ。てっきり電話かメールで交渉するのかと」
「まあ俺が企画したやつだしな。こういうのは直接交渉してこそ、だろ。最初から最後まで責任とんねぇと」
「経理部との戦いでもあるね」
「……それは言うな」

 経費申請の事を思い出したのか、黒尾はうんざりとした様子を見せた。
 でも、そっか。スペシャルマッチの企画は社内でも話題になっているし、全社員全力で取り組んで成功させようと通達がある。
 私が直接かかわることはないけれど、黒尾が立てた企画だから余計に大成功してほしいと思う。

「あれだね。じゃあしばらく黒尾には会えないんだね」
「なに、寂しーの?」

 黒尾の口元が緩んでる。ニヤニヤって。
 このまま乗っかって「寂しい」って言うのもありだし、普段通りに「まさか」と返しても黒尾は笑いそうだ。

「いやいや〜、黒尾のほうが寂しいんじゃないの?」

 そう言うと黒尾はやっぱり笑った。
 少しは「あ、黒尾いないのか。なーんだ」くらいには思うかもしれないけれど。多分。本当に少しだけ。それは言わないけど。

「まあとりあえず大変だろうけど無事に帰ってきてよ」

 そうしてそんな話をした1ヶ月後、黒尾は有給休暇も利用して約半月ほど会社を留守にした。


 そう言えば今日から黒尾が出勤するのではなかっただろうか、と思い出したのはお昼休憩が始まる1時間ほど前のことだった。
 黒尾は唯一の同期だけど、結局はただの同期でしかなくて、時々その国の観光名所の写真は送られてきても「明日帰国するから」とか「無事日本に着いたから」とか、そういったやり取りをする仲ではない。
 とりあえず久しぶりに顔でも見に行くかと席を立ち飲み物を買いに行こうとした途中、廊下で黒尾と鉢合わせる。

「あ、黒尾おつかれ。てかおかえり。黒尾の顔見にそっち行こうかなって思ってたんだよ」
「まじかよ。俺も名字のとこ行こうと思ってたから運命だな」
「安すぎる運命だわ。それより私に用ってなに?」
「これ」

 差し出され、半ば強引に渡された紙袋。やけに大きいしなんならちょっと重い。

「なにこれ」
「土産。いろいろ入ってっから」
「え〜気にしなくていいのに! まあ有難く貰うけど」
「遠慮なしかよ」

 ここで遠慮するような間柄じゃないってこと黒尾はよく分かってるくせに。
 ただその重さと大きさに、いくらなんでも個人間のお土産にしては量が多いのではないかとさすがの私も何かの間違いかと心配になる。

「でも、これ他の人の分も混ざってない?」
「全部名字の。まあ唯一の同期ってことで特別な。誰にも言うなよー」

 特別、か。
 私たちはただの同期で、何でもかんでも連絡を取るような関係じゃない。時々ランチして残業終わりに飲みに行って、半月くらい会わないこともあるけれど、まあそれでもなんやかんやお互いの事を考えていたりもする。

「ありがと、黒尾」

 そういう相手が私の人生にいることを、時々、幸せなだなぁと思ったりするのだ。

(23.11.24)
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