内緒で合コンへ行く話


 恋愛映画を見続けた影響でマッチングアプリを始めようと意気込んだのは良いものの、黒尾におすすめされたビジネス系映画見たらその意気込みはゆっくりと鎮火してしまった。
 黒尾の策略に嵌ったようで悔しいけれど、それでもやっぱり彼氏が欲しいと言う気持ちはまだやんわりと残っていたから友達が誘ってくれた合コンへ行く事にした。
 もちろん、黒尾には内緒で。

「名前ちゃん、こういう集まり初めて?」
「大学生の時は何回か参加したことあるんですけど、社会人になってからは初めてですね」
「そっか。名前ちゃん可愛いのに本当に彼氏いないの?」
「さすがに彼氏いたら今日来ないですよ」
「じゃあ今日勇気出して参加してよかった」

 先ほど知り合ったばかりの男性が人懐っこい笑みで笑う。目じりに刻まれた笑い皺。年の割に幼く見えるのは髪型のせいなのかな。
 
「飲み物なくなりそうだけど何か頼む?」
「ええっと……」
「ここのカシオレ美味しいよ。おすすめ」
「じゃあ、それにします」
「うん。オレも同じのにしちゃお」

 こなれた言動に惜しみない優しさ。この場だけを楽しむのならこういうのもアリなのかもしれない。

「ネイル可愛いね。職場、オッケーなんだ?」
「派手じゃなければ」
「このデザイン結構好き。名前ちゃんの雰囲気に合ってる」
「先日サロン行ったばかりなのでそう言ってもらえると嬉しいです」

 でも逆に、それが故にこの人の彼女になりたいとは思えなかった。それでもせっかくきたし友達の手前もあるしと当たり障りのない会話を繰り返す。
 脳裏によぎったのは先日の黒尾との会話。黒尾は「相性合わないやつとの食事なんて苦痛以外何者でもないだろ」と言っていたけれど、あながち嘘ではなかったんだな。苦痛とまで言ってしまうと酷いけれど初対面の相手は気を使うし、取り繕うことも多いし、まあ言ってしまえば疲れる。
 彼氏ができたらラッキーだなと能天気に考えていたけれどこの調子では彼氏は夢の夢だ。きっとマッチングアプリも私には合わないんだろうなと、黒尾に止められたことをそっと感謝した。どちらにせよマルチにも結婚詐欺にも引っかかる気はないけれど。

「大丈夫?」
「え?」
「ぼんやりしてるから。もしかして酔っちゃった?」
「いえ、ちょっと考え事してただけで。ごめんなさい」

 全然酔ってなんかいない。私は酔ったらぼんやりするよりも楽しくて饒舌になっちゃうし、カシオレよりハイボールが好き。
 こんな時にこんな事を考えたくはないけれど、そういうのをちゃんと知ってくれているのは黒尾で、今の私にとって最も相性が良いのは黒尾なのだ。

「しんどかったら言ってね? 途中で抜けてちゃんと送るし。あっ下心は全然ないから!」
「あはは、ありがとうございます。でも今は本当に大丈夫なので」

 それに、黒尾といる時の自分が1番自分らしくいられる。


「名前ちゃん、この後どうする? あっちの4人は2軒目行くみたいだけど」

 それから2時間程の時間を経て1軒目の飲み会は終わりを迎えた。雰囲気は良かったしこのまま2軒目へ、という流れも理解出来る。もしかしたら今後カップルが生まれるかもしれない。
 私だって楽しくないわけじゃなかったし、多少は相手のことも知ることが出来た。
 でも、私はここまで。

「ごめんなさい。明日、仕事が早いので帰ります」

 学生だったら少しは違ったのかな。でも私はもう大人で、その場の雰囲気に流されるように自分の時間を費やすことはしたくないからきっぱりと断る。

「じゃあ連絡先交換しない? 友達としてでいいから」
「あー……連絡先もごめんなさい。多分、嫉妬しちゃう友達がいるので」
「え?」
「今日はありがとうございました。ご縁があればまた」

 女友達にも一言残してグループを離れた。
 まだ人通りの多い道を足早に進む。合コンに行ったけど1軒目で帰ったなんて言ったら黒尾に笑われるかな。でも可愛いって言われたし。そこそこグイグイきてもらえたし。
 なんとなく黒尾と話したくなって、駅に着くまでだけでも……と思い電話をかける。

「もしもし黒尾?」
『こんな時間にどした?』
「実はさぁ、今、合コン行ってたんだよね」
『は? 聞いてねーけど』
「今初めて言ったもん」
『もしかして惨敗連絡?』
「話も聞かずに初めから惨敗って決めつけないでくれるかな? 可愛いって言われましたけど? グイグイこられましたけど?」
『じゃあ、なんで今俺に電話してきてんの』
「1軒目で帰ることにしたから」
『なんで?』
「んー……脳内の黒尾がうるさかった」

 電話の向こうで黒尾が爆笑したのがわかった。
 ああ、ほら黒尾と話してる時が1番私らしい。認めたくないけど、絶対口にはしないけど。

「いやぁこれから先、私に彼氏が出来なかったらまじで黒尾のせいだと思ったね」
『人のせいにしないでください〜』
「ま、そういうわけなのでこれからも黒尾と飲みに行けるのでご安心を?」
『へーへーどうも』
「返事が適当すぎるんですが」

 改札が近づくと周りの喧騒が増す。そろそろ切った方が良さそうだなというタイミングで黒尾が私の名前を呼んだ。

『とりあえず気をつけて帰れよ』
「ん」

 おやすみと言わず電話を切った。私の人生に黒尾が存在してくれて良かったと思ったのは、きっと程よくお酒を飲んだ夜だったから。

(24.09.18)
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