モヤモヤする光景を見ちゃう話


 職場近くのランチへ行くと、知り合いに遭遇することがある。

「あ。あそこに座ってるのって黒尾さんと、この前中途で入社した人じゃないですか?  あーだめだ、名前思い出せない……」

 味だけでなくお財布にも優しい価格設定ということでいつも賑わうイタリアン。
 私達も例外なく価格設定の恩恵にあずかりお昼ご飯を楽しんでいると後輩がそんなことを言う。パスタを食べる手を止めて視線を向けると、その先には後輩が口にした通り黒尾と先日中途で採用された女性社員が二人でランチを食べていた。

「本当だ。良く気付いたね、私全然気が付かなった」
「なんか異様に雰囲気あったんで」

 確かに、わかる。
 二人とも背が高くてスタイルが良いし、向かい合っているとなんだかすごく様になっていて「絵になる」ってこういう感じなんだろうなと思えた。その様子をまじまじと見つめるのもなんだか憚られて、私は再びパスタを口に運ぶ。

「良いんですか?」
「良いって?」
「黒尾さんが他の女性とご飯食べてても」
「……どうして?」
「だって仲良いじゃないですか、2人」

 ピタリとまた手が止まった。後輩が何を言いたいのかを理解して、返す言葉を探す。
 だってこの状況で私が「良くない」なんて言えるわけないし、仮に言えたとしても、だからどうなるってわけでもないし。

「仲良いのは否定しないけど、黒尾が誰と何してても私に口出す権利はないから」

 なにも私ばかりが黒尾とランチに行く訳でもない。出来るだけ平然を装い事も無げに言おうとしているのは、だけど、少しだけ心がモヤモヤしているから。
 黒尾とはそういう話をこれまでもしてきたし想像だってしてきてはずなのに、実際目にすると「嫌だな」と思ってしまったのも事実。
 多分、ここから見える2人の様子が良い雰囲気だったせい。烏滸がましいけれど、黒尾にとってのそういう相手は私なんじゃないかなと思っていたんだと思う。心底図々しい話だけど。
 
「実際のところ、名字さんって黒尾さんとどうなんですか? 付き合ってなかったとしても、実は片思いしてるとかないんですか?」
「よく聞かれるけど、本当にそういうのはないよ」
「本当に?」
「疑うねぇ」
「疑いもしますよ。いくら唯一の同期だって言っても普通そんなに仲良くなります? 仕事終わり飲みに行く事も多いし」
「ここまで気が合う同期と出会えたのは神様に感謝だけど。それでも、あくまで黒尾は同期だし」
「でもでも、だったとしても、今まで一回もそういう目で見たことないんですか? ドキッとしたことも? キュンとしたことも? ていうかさすがに恋愛対象の範囲には入ってますよね!?」

 怒涛の質問ラッシュに怯む。咳払いをし、どこからどう答えようかと考える。
 ない、とは言いきれない。それに、入っているかいないかで答えるのなら、黒尾は私の恋愛対象の中にいる。

「んー……」

 だけどそんなことを素直に答える程、私はもう純粋ではなかった。

「付き合ったら楽しそうだとは思うけど」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃないですか。うかうかしてたら取られちゃいますよ? あたしはどこの馬の骨とも知らない女が黒尾さんと付き合うより名字さんに付き合ってもらいたいです!」
「あはは」
「笑い事じゃないです」

 後輩はどこか不服そうだ。
 
「名字さん」
「うん?」
「あたしの協力が必要な時はいつでも行ってくださいね。恋のキューピットになる準備は出来てますから」
「あはは。頼もしい」
「だから笑い事じゃないんですってば!」

 だってこのモヤモヤを悟られないようにする為には笑って誤魔化すしかない。それに、この感情を言語化してしまったらもう戻れないような気がする。だから私は笑うしかないのだ。私が黒尾にとって最高の同期である為にも。


 そんな風に昼休みを過ごしてもいつも通りに午後の業務は始まる。程よい眠気が顔を見せる中、廊を歩いていると黒尾の姿を発見する。
 先程まであんな話をしていたから変に意識してしまって、視線が彷徨う。

「おーおつかれ」
「お、おつかれ」
「なあ、さっき同じ店で昼食ってたよな? 声かけてくれりゃあいいのに」
「……なんかいい感じだったから声かけるのも悪いなって思って」
「なに、嫉妬?」
「気遣いだから自惚れないで」

 せめてもう少しだけ変わることなくこのままでと願ったのは紛れもない私の本音なのに。

「そういや隣駅に新しく出来たカフェのランチがうまいって教えてもらったから今度一緒に行こうぜ」
「え……あ、うん」
「なんだよ、その微妙そうな反応」
「や、私でいいのかなと思って」

 あ、面倒くさい言い回しになっちゃったかも。拗らせた彼女かよと心の中で自分に突っ込みを入れながら今のナシと言おうとしたけれど、黒尾が先に口を開く。

「名字と行きたいから誘ってんの」

 躊躇いのない言葉。その一言が今の私の心をどれほど揺さぶるかなんてきっと黒尾はこれっぽちもわかってないんだろうなぁ。

(24.10.14)
prev | back | next