09

 美羽さんと約束したローマでの再会は、私と飛雄くんが久しぶりに顔を合わせる日でもあった。
 翌月、すっかり秋の装いとなった10月中旬のローマ。黄昏時、太陽は沈みかけている。耳元をすり抜ける爽やかな風が心地良い。鮮烈に混ざり合う色彩の眩しさに目を細め、前を見据えた。
 待ち合わせ場所にいたのは飛雄くんただひとり。遠目からでもわかるその出で立ちを目に入れた瞬間、心なしか私の足取りは軽くなる。目があって、緩く口角が上がる。小走りで駆け寄りその隣に並ぶと飛雄くんが小さく頭を下げた。

「……ッス」
「飛雄くん、お久しぶりです」
「久しぶり、です」
「美羽さんももうすぐ着くみたいですね」

 肩を並べると、互いの身長差をひしひしと感じる。ああ、そうだった。私と飛雄くんの距離はこんな感じだったとしみじみ思っていると、こちらに向かって歩いてくる美羽さんが目に入った。

「美羽さん!」

 名前を呼び大きく手を振る。そんなことをしなくても今日は飛雄くんがいるからその身長が目印代わりになりそうだけど、今日の日を楽しみにしていた私にとって美羽さんの姿を見つけた瞬間の高揚は抑えられるものではなかった。

「名前ちゃん! 飛雄も! ごめんね、待たせた?」
「お疲れさまです。私も今来たばかりなので」
「じゃあ行こっか。お店は名前ちゃんが予約してくれたんだよね?」
「はい。この間見つけたお店で、美味しかったので美羽さんもきっと気に入ってもらえると思います」
「楽しみだな」

 和気あいあいと談笑する私と美羽さんの後ろを、まるで私たちを見守る側近のように飛雄くんが着いてくる。こうやって3人で歩くのは初めてのはずなのに、これまでにも何度かこうして歩いたことがあるかのような気分になるのは不思議な感覚だった。

「それにしても相変わらず元気そうで良かった」
「元気だけが取り柄みたいなものなので」
「飛雄もしっかり生活出来てるみたいだし」

 振り返る美羽さんに倣うように私も振り向く。私たちの視線に気づいた飛雄くんが私と美羽さんを交互に見つめた。

「まあバレーに集中できる暮らしはしてると思う」
「ただメディアに出る時はもう少し愛想良くしたほうがいいと思うけど」
「バレーに愛想は必要ないだろ」
「バレーに必要なくてもバレーを知ってもらうきっかけに必要なものの一つではあるでしょ」
「……わかった」

 二人のやりとりをじっと見つめる。少しだけ雑な言葉遣い。どこか子供染みた表情。美羽さんを相手に会話をする飛雄くんは確かに私の知らない飛雄くんだった。家族が相手だからなのか、それとも気の置けない相手にはそうなるのか。いつか、もっと打ち解けた先、その表情が私にも向くことはあるのだろうか。

「飛雄くん、イケメンセッターだってよく言われていますもんね。ファンサ極めたら凄いことになりそうです」
「飛雄がファンサ極める日がきたらあたし笑っちゃうかも」
「あ、でもファンサ慣れしてないから良いみたいなところもあるのかな……」
「バレーが面白いことを知ってもらえるなら、俺は別になんでもいい」

 至極真面目に、淡々と飛雄くんは述べる。私は無意識に、その言葉から自分と飛雄くんとの共通点を探そうとした。

「何事にも得手不得手とか向き不向きがあると思うんで、飛雄くんが嫌な思いをしてまでするのは違うのかなって思うんですけど、バレーを知らない誰かが飛雄くんをきっかけにバレーボールを知って、バレーボールそのものを好きになってもらえるだけの魅力が飛雄くんにはあると思います」

 その言葉に驚いた様子を見せたのは美羽さんだった。切れ長の目を大きく見開き、美羽さんは私を見つめる。

「いや、その、自分に置き換えて考えた時に、私もそういう人間になれたらいいなって思ったので。私の写真をきっかけに写真に興味を持ってくれたり、被写体に興味を持ってくれたりしたら嬉しいなって。うわ、なんか語ったみたいで恥ずかしいな……」

 耐えきれず、顔をそらして美羽さんの視線から逃れると今度は飛雄くんと目があう。

「あざっす」
「……ど、どういたしまして」

 私と飛雄くんのやりとりに、美羽さんは小さく肩を震わせていた。体の内側の火照りを早く秋風が冷ましてくれますようにと願いながら、深く呼吸を繰り返す。

「あ。そうだ。滞在中、試合観に行きたいと思ってたんだけどやってる?」
「毎週末試合はある」
「へえ。じゃあ、今週末の試合の時間教えてよ。都合よかったら行くから」
「わかった」
「名前ちゃんはどう?」
「私ですか?」
「バレーの試合、観たことある? 時間大丈夫だったら一緒に行こうよ。やっぱりね、スポーツ観戦は生が良いよ。迫力が違うんだよね。ほら、あたしも昔はバレーやってたからさ」
「そう言えば中学までバレー部だったって言ってましたよね。バレー、テレビでしか観たことないので興味あります!」

 美羽さんの口角が上がる。

「決まり。名前ちゃんも飛雄をきっかけにバレーボールが好きになる一人になってくれたらいいね、飛雄」

 飛雄くんの背中を叩きながら美羽さんは楽しそうに言う。なってくれたら、と美羽さんは願望を言葉にしたけれど、私はバレーボールを好きになる予感しか抱けなかった。飛雄くんの持つ魅力を、私は少しだけ知っているような気がしたから。

(22.05.23)