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「え、そんなのもう好きで良くない?」

 好きかもしれないと気付いた数日後によっしーと会う約束があったから、カフェに入って落ち着いたタイミングで相談するとよっしーはあっけらかんとそう言った。
 オシャレに盛り付けられたベビーリーフを口に運びながら、だよね、と思う。

「そうだよね……これってやっぱり好きってことだよね……」
「あんまり嬉しくなさそうだねぇ。何か不安なことでもあるの?」

 不安ではないけれど、懸念事項はある。
 今まではゲーム友達として接していたのに自覚したことで通話するとき緊張しちゃう、とか。それにゲーム以外で孤爪くんと盛り上がるイメージだって沸かないし、なんというか、詰みゲーな気がする。
 スイッチみたいに恋愛感情をオンオフ出来たらどれだけ楽だろう。それが出来るのなら今すぐこの感情をオフにして純粋にゲームする事を楽しんでいた私に戻れるのに。

「これからゲームする度に緊張しちゃうなって思って。気兼ねなくって言うか、素の私で接してたから急にそういうの意識しちゃうと今まで通りにいかなさそうだし」
「待って、ゲームしかしないつもり?」

 よっしーは驚きの声をあげた。というよりも、信じられないと言いたそうな様子だった。

「だって孤爪くんとの接点って大学とゲームしかないもん」
「こんなに長い休みなんだよ!? ゲーム以外でも遊ぼーって言えばいいじゃん!」
「ゲーム以外……」
「あ! それならゲームを口実にデートに誘ってみるとかどう?」

 ゲームを口実に孤爪くんをデートに誘う未来を想像してみる。そもそもゲームを口実にどうやってデートに誘えばいいんだろう。
 聖地巡礼? いや、ゲームに聖地巡礼もなにもないし。サバゲー? いや、前に寒いのも暑いのも身体を動かすのも好きじゃないって言っていたし。それにデートと称して聖地巡礼やサバゲーに誘うのはさすがの私でも色気が無さすぎるって思うし。
 考えれば考えるだけ無理な気がして、パスタを食べる手が止まる。

「どう誘っても孤爪くんは行けないって断りそうな気がする」
「誘ってみないとわかんないじゃん?」
「そうなんだけどあんまり外でないって言ってたし」
「でも初っ端から家デートはきついもんねぇ……」

 半ば諦めながらゲーム関連のイベントがないかスマホで探してみると、ちょうど夏休みが終わるギリギリのタイミングで大規模イベントが開催されている事が分かった。
 あ、これ前から興味があって1回は行ってみたいと思ってたやつだ。これならもしかすると孤爪くんも興味を持ってくれるかもしれない。

「誘えそうなゲーム関連のイベントある」
「えっほんと? だったらもう誘うしかない」

 誘えるだろうか、私に。
 水族館とか映画館とかそういう『いかにも』って所に理由なく誘うのは無理だけど、これだったらそれっぽい感じで誘えるかもしれない。緊張はするけど、多分、きっと。

「……誘えるだけ誘ってみようかな」

 よっしーは口角をぐっと上げて私を優しい瞳で見つめた。それはニヤニヤと表現したくなるような笑みだった。

△ ◯ □ ☓


 だけどそんな私の緊張は意外にもあっさりと消えるのだった。
 孤爪くんとゲームの約束を取り付け、プレイをしながらいつ誘い文句を口にしようかと悩んでいると、孤爪くんが不意に言ったのだ。

「名字さん、9月の中旬空いてる? 休みが終わる前なんだけど。その日ゲームのイベントあるから興味あるなら一緒にどうかなって」

 一瞬その日は孤爪くんをゲームのイベントに誘って出かける予定がある! と思ったけれど、すぐにその孤爪くんに言われている事と私が誘おうとしているイベントと同じだという事に気がついて驚きの声をあげた。

「それってもしかしてゲームショウ!?」
「うん。別に興味なかったらいいんだけど、名字さん好きそうかなって思ったから」
「興味ある! めちゃくちゃある! なんなら孤爪くんの事誘って一緒に行きたいなって思ってた!」

 想定していなかった展開に気持ちが昂る。
 孤爪くんから誘ってもらえるなんて思わなかったのはもちろんだけど、私が好きそうって事を思ってくれた事が嬉しくて食い気味に返事をしてしまった。

「……俺のこと誘ってくれるつもりだったんだ?」
「こ、孤爪くんと行けたら楽しそうだなって」

 私としてはデートのつもりです、なんてことはまあもちろん言えないけれど。

「そっか」

 ベッドセットの向こう側で、多分、孤爪くんが少しだけ微笑んでくれた。

「ビジネスデーにも参加するから、案内も出来ると思うし」
「孤爪くん、ビジネスデーにも行くの?」
「一応」

 一般公開の前にゲーム業界関係者向けの入場日が設けられているのは知っていたけれどまさか孤爪くんが行くとは思っていなかった。でもKODZUKENチャンネルの登録者数を考えればなんら不思議ではない。
 むしろわざわざ私とも行く必要なんてないんじゃないだろうか、それどころか見慣れてしまって飽きるって事もあるんじゃないだろうか、なんて不安が押し寄せる。だって冷静に考えたら孤爪くんと行くという事はKODZUKENさんと行くということと同意義なのだ。

「……私と一緒に行くのつまらなくない?」
「つまらないって思うなら誘わないでしょ」

 だけど、そんな不安もまた孤爪くんによってあっさりと消されてしまう。

「……じゃあ、楽しみにしてる」
「うん」

 そうして取り付けたデートに私の心は緩く穏やかに踊るのだった。

(23.09.04)



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