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会場を埋め尽くすのはゲームを嗜む人々と、その人々から溢れ出るゲームへの情熱だった。
「これがゲームショウ……!」
入場後、入口でもらったエナジードリンクをしまうことも忘れて、どこまでも広がっているんじゃないかと思える空間を見渡す。そんな私の隣に並ぶ孤爪くんは慣れた様子で「名字さんが好きって言ってたゲームのブースは向こうかな」と指さしてくれた。
その指先の示す方へ視線を向ける。あ、やばい。これはやばい。
「どうしよう、じっくり見たいけど時間足りるかな? そうだ、孤爪くんのおすすめのブース知りたい! あ、でもあの企業ブースも気になる! ていうかあのモニター大きいね!? あああ……あそこ歩いてる着ぐるみ可愛い……あのキャラ好きなんだよね……」
デートと呼ぶにはあまりにも甘さがない事を自覚しながらも、ゲーム好きとして血が騒ぐのを抑える事は出来なかった。
私ばかりがはしゃいでいると気付き、慌てて謝る。
「ご、こめん! 夢中になっちゃった」
けれど孤爪くんは呆れるでもなく笑うでもなく、ただいつものように私を見つめるだけ。
「うん。いつもよりテンション高いなって思った」
「想像してたより色々あって興奮しちゃった……。孤爪くんに迷惑かけたくないし冷静になる努力する……」
「そういう名字さん見たくて誘ったから別にそのままでいいけど」
そして平然とそんな事を言ってのけるのだ。私だから良いものの、相手が相手なら誤解しかねないと思う。
深い意味はない、変に期待してはいけないと自分を律しても頭の中に残り続けるのは孤爪くんの声。ヘッドセット越しじゃない、孤爪くんの声。
「は、発売予定のゲームのテストプレイも出来るんだね」
どうにかして気持ちを切り替えないと意識しすぎておかしくなりそうだと、急いで話題を変えた。
「うん。人気のやつは整理券配布終了してるみたいだけど」
「もうなくなったんだ。凄いんだね」
「やりたい人は始発から並んでるんじゃないかな」
「始発かぁ……」
「やりたかった? あれとか名字さんがやってるって言ってたタイトルの最新作だしね。ごめん、整理券の事前もって言っておけば良かった」
「ううん。プレイ出来たら楽しそうだなとは思うけど始発で待ち合わせはさすがに大変だし、今の段階でもかなり楽しいから全然問題ないよ」
デート云々を抜かしても孤爪くん以外に誘える人はいなかったし、この場にひとりで来る事もなかっただろうから。
「ねぇねぇ、あそこでプレイしてるのはeスポーツ選手の人?」
「え? ああ、うん。そうだね」
「プロの人だけじゃなくてゲームの配信者がプレイしてるブースもあるんだね」
各ブースでは趣向を凝らした様々な展示物があって、大手のブースでは先行体験だけでなく既存のゲームをプロがプレイするという催しも行われていた。
ゲーム実況の動画で見た事ある顔の人がいると思いながら、孤爪くんへ疑問を投げかける。
「孤爪くんはそういうのしないの?」
「俺はまだ顔出ししてないから」
まだ、と言うことはいずれは顔出しで配信するつもりなのかな。KODZUKENチャンネル登録者数はうなぎ登りだし、孤爪くんが公の場でプレイするとなると多くの人が興味を持つだろう。コヅケンさんのファンが増えるのは喜ばしい事だと理解しつつも、独り占めしていた部分が減ってしまうようで少しだけ寂しいと思ってしまう。
「名字さん、見える?」
「うん。なんとか」
人集りにそっと近づきブース内中央へと視線を向ける。ゲーム画面は上にあるモニターにも映し出されているけれど手元の動きも気になって懸命に背伸びをした。
「あれがプロの動き……」
その手捌きに思わず感嘆の声がもれる。ぶれないエイム。無駄のない操作。コントローラーを自在に操る様子は見ていてただただ気持ちが良い。
やっぱり最新のゲーム機のほうが良いんだろうか。ゲーミングチェアも座り心地良さそうだし。そういえば孤爪くんはいつものゲームはパソコンでやってるって言っていたな。
「孤爪くんはどんな感じ?」
「どんな感じって?」
「パソコンってどんな風に指が動くのかなーって。私の体感だけどPC使ってる人の方がエイム良いって言うか、やっぱりキーボードのほうがやりやすいのかなって思ってて。まあ私のノートパソコンだとスペック足りなくて出来ないんだけどPCだとどんな風にやるのかちょっと興味はあって」
「あー……」
それはほんのちょっとした好奇心だった。
私がなんの気なしに口にした質問に、だけど、孤爪くんは耳を疑うような返事をした。
「この後、うち来る?」
「……え?」
「引越し前でちょっと手狭だけど、ゲームは出来る環境だから。俺のゲーミングPC使ってやってみていいよ」
孤爪くんの家。確か、一人暮らしの。
いいの? こんなあっさりと遊びに行く約束を取り付けちゃって。や、駄目じゃないから孤爪くんも誘ってくれてるんだろうけど。でも、だけど、だからって!
「名字さん、予定あるんだっけ?」
「ない、けど……」
「じゃあ大丈夫そうだね」
この展開はさすがに想定していなくて、空いた口は塞がらない。
あれよあれよという間に決まった予定に気持ちはまだ追いつかないまま、純粋に孤爪くんのゲーム環境が知りたいという気持ちと好きな人の部屋に行けるという緊張が思考を埋め尽くすように混ざり合っていた。
(23.09.05)