09
よっしーと、孤爪くんに彼女はいるのかどうかを話して以来、私は時々その事について考えるようになってしまった。孤爪くんからゲームの誘いを受けた時はもちろん、眠る直前だったり、電車を待つふとした瞬間だったり。
考えたところでどうしようもないと思うものの、勝手に孤爪くんの顔が浮かんでくるのだから仕方ない。
「上の空?」
「え?」
「いや、なんか反応悪いから」
「あー……ごめん! ちょっと考え事を……」
孤爪くんからの指摘に慌てて気持ちを切り替える。
孤爪くんと実際に会っているわけではないと言え、もし彼女がいたらやっぱりこんな風にふたりきりでゲームするのは推奨されるべき事ではないんだろうなと思う。
ソロに戻るか、違うゲームを始めるか。そもそも孤爪くんが違うゲームにはまったりこのゲームを引退する事だって有り得る。あんまり考えたくはないけれど、この時間が延々と続くわけじゃないのは確かだ。
「孤爪くんってこのゲーム以外にもいろいろゲームしてるよね?」
「そうだね」
「YouTubeって大変だよね?」
「まあ楽だけじゃないね」
「ゲームするの楽しい?」
「楽しいからやってるつもりだけど」
孤爪くんの口から答えを聞いて安心できる訳でもないのについ聞いてしまう。直接顔を見て聞く勇気はないし、どうせ口が開いてしまったのならと半ば勢いに任せて私は問いかけを続けた。
「孤爪くん、彼女いるの?」
多分、自然な感じで聞けたはず。
「名字さんって時々たくさん質問するよね」
「確かに……なんか根掘り葉掘り聞いてるみたいだよね。ごめん」
「いいけど、別に」
「答えたくなかったら無理にとかじゃないから!」
「なんでそんなこと突然知りたくなったわけ?」
いつかと同じように言われる。
なんで。なんでってそんなのよっしーと話しをしたから。孤爪くんに彼女がいたらこうやってゲームをすることにいたたまれなさを感じるから。そのせいで孤爪くんの事考えちゃうから。
「き、気になるから」
1番知りたい答えが知れないのが焦れったくて、とても端的な返事になってしまう。
ほんの少しの間をあけて、ヘッドセットから孤爪くんの声が届く。
「いないよ」
「……彼女、いないの?」
「うん」
「良かった……」
無意識に安堵の言葉がこぼれた。でも次の瞬間、何が良かっただと自分が発した言葉に慌てる。
孤爪くんに彼女がいなくて嬉しいみたいな言い方になってしまった。いや、嬉しいと言えば嬉しいんだけど変に誤解されないかなって。誤解されて困るとかでもないんだけどそれこそ気まずいかなって。
「良かったって言うのは気兼ねなくゲーム出来るって意味で……!」
「うん、わかってる」
私の慌てぶりに孤爪くんが小さく笑う。
「名字さんは?」
「え?」
「俺に彼女がいなくても名字さんに彼氏がいたら気兼ねするのは結局変わらなくない?」
「私もいない、から」
「そう」
孤爪くんの反応はとても冷静で、紡がれた言葉も短かった。私に彼氏がいなくて良かったと、少しは思ってくれただろうか。思ってくれていたら良いと私はまた直感的に思う。
私は孤爪くんとゲームをするのが好きだしすごく楽しいと思う。でも、だからこそいつか孤爪くんに彼女が出来た時は同時にこの時間も終わらせないといけない気がする。
「あのさ、孤爪くん」
「なに?」
「今からすごい変な事言ってもいい?」
「なにそれ。ダメって言ったら言わないの?」
「その時は心に留める努力をする」
「いいよ、聞く」
こんな会話をしているのに画面では銃撃戦が行われていて撃ち合う音が聞こえる。既にこの状況が結構変なんじゃないかなって思うと少しだけ肩の力が抜けて、いつも通りに言えた気がした。
「出来るだけ長く孤爪くんと一緒にゲームしたいから孤爪くんがこのゲーム飽きませんように。あと出来れば孤爪くんに彼女が出来ませんように」
「変、っていうか参拝みたい」
「だって孤爪くんは私の神様だからね」
不快な気持ちになってないかな。戯言だって笑ってくれてもいいんだけど。
そんな風に不安を覚える私に返ってきた孤爪くんの声は優しい色をしていた。
「まあ今のところどっちもそうなる予定はないから安心してよ」
口には出さなかったけれど、私はまた「良かった」と思った。
良かった、孤爪くんに彼女が出来る予定がなくて。絶対ないとは言い切れないけど、孤爪くんが誰かに片思いしているとか仲の良い女の子もいるとかもこの感じだとなさそうだし。良かった。うん、本当に良かった。
待って。
でも。
「……あ、あれ?」
「どうかした?」
あれ、何これ。こんな安心の仕方っておかしくない? 孤爪くんが誰かに恋してる可能性とか、仲良い女子がいるかもしれないとかゲームからかけ離れ過ぎじゃない?
「いや、何でもな……い」
好きになるとかないの? と聞いてきたよっしーの言葉をこのタイミングで思い出す。
孤爪くんは仲間。ゲーム仲間。なのに、なんでこんな風に思っちゃっているのか。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。もしかすると、いや、もしかしなくても私はもう既に孤爪くんの事を好きになっているのかもしれない。
(23.09.03)