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「お、おじゃします……」
「そんな畏まらなくていいよ」

 夕方、ゲームショウを後にし、踏み入れた孤爪くんの一人暮らしの家。
 引越し前だからか部屋には確かにダンボールの箱が積まれてあって、なんというか、このタイミングで遊びにきて本当に良かったのだろうかと心配になる。

「ごめん、ソファーも手放したからゲーミングチェア座って」
「あ、うん。むしろ私こそなんか引越し前のバタバタしたタイミングで来ちゃってごめんね。でも孤爪くんのゲーム環境気になってたから正直来られて良かったなとも思ってるんだけど」
「まあ誘ったの俺だし」

 引越しの準備が至る所に感じられる空間の、唯一手付かずの場所。テーブルにはモニターが置かれ、その近くにはコンシューマーゲーム機もある。そしてゲーミングキーボードといくつかのコントローラー。
 ここがいつも孤爪くんがゲームをやっている場所かと、お言葉に甘えてゲーミングチェアに座りアームレストに腕を置く。

「なんか、ゲーム強い人の机って感じ。強くなれた気分」
「まだ何も触ってないじゃん」

 冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきた孤爪くんは、はいとそれを私に手渡す。
 水の冷たさはとてもリアルなのに、さっきまでゲームショーにいたというのが嘘みたいだと思ったし、明後日から後期が始まるのも嘘だと思いたかった。

「名字さんのアカウントでゲームにログインしてプレイしてもいいよ。ゲーム機の方ならほとんど一緒だから操作難しくないと思うけど。PCは慣れないと難しいかも」
「孤爪くんはすぐ慣れた?」
「えー……結構練習したと思う。キーボード使う時ってFPSとTPSくらいだから触れてる時間少なくて最初は結構苦労したかな。MMOとかはコントローラーのほうがやりやすいし」

 孤爪くんで苦労するってことは私はかなり苦戦するって事だろうなと一瞬にして察する。

「名字さんPCのスペック足りないって言ってたし、コントローラーのままのほうが良いんじゃない。最新のゲーム機の方がグラフィック綺麗でラグも少ないかなって印象。家のネット環境とかゲーム機の種類にもよるけど」
「やっぱりそうだよね。新しいゲーム機買うためにバイト増やそうかな」

 モニターの電源を入れて、いつもやっているゲームに私のアカウントでログインする。ゲーミングモニターにゲーミングチェアが揃っただけで急に強くなった錯覚に陥るなんてさすがに単純過ぎるだろうか。
 でも見慣れた画面はよりクリアになって、操作性も感度が良いし、なによりラグくなりそうな予感が一切しないんだから根拠の無い自信がつくのも致し方ないはず。

「動きサクサクだしグラフィックも綺麗だし課金したくなっちゃうね」

 夏休みにバイトで稼いだ分もあるし、もう少しシフトわわ増やせば近いうちに新しいゲーム機が買えるんじゃないだろうか。そうしたら孤爪くんに迷惑かける場面も減るだろうし。

「うん、決めた。新しいゲーム機買う。その次はゲーミングチェアを目標にバイト頑張る!」
「そっか。頑張って」

 後ろに立つ孤爪くんを見上げる。少しだけ口角があがった、どこか気だるさが混ざる笑み。窓から入り込む西日が孤爪くんの毛先の金色の部分を照らしていて幻想的だと思った。

「ね。孤爪くんがプレイしてるところも見てみたい」
「俺?」
「うん。今日、プロの人とか配信者の人とか色んな人のプレイみたけど、1番見てみたいって思うのやっぱり孤爪くんのプレイだなって」

 孤爪くんが小さく「いいけど」と言ったから私はゲーミングチェアから立ち上がり、位置を交換するように孤爪くんの後ろ立った。
 ああ、コヅケンさんだ。私と出会った時もここで、こんな風にコントローラーを握っていたのかな。

「目の前にコヅケンさんがいる」
「なに、いまさら」
「コヅケンさんだなーって思って。だって、孤爪くんってここでゲームして配信の動画作ってるんだよね?」
「うん」
「私、孤爪くんと出会えた以上の奇跡ってもう起きない気がする」
「さすがにそれは大袈裟じゃない?」

 そんなことない。コヅケンさんと出会った事はもちろん、それが孤爪くんである事も、そんな孤爪くんを好きになった事も私にとってはとてつもない奇跡だ。

「そういえば孤爪くんって今後顔出しとかするの? さっき、まだって言ってたから」
「引っ越し後に環境整えて顔出ししてこうかなって思ってる。そのほうが認知も増えるし」
「そうなんだ。コヅケンさんのチャンネル、伸び率良いけど顔出ししたら一気に伸びそうだね」

 じゃあこれから孤爪くんの気怠そうな笑みや、照らされる毛先や、時折見せる柔らかい瞳をたくさんの人が知ってしまうのか。

「名字さんは俺の動画は見てないと思ってた」
「たまに見てるよ。見すぎたら孤爪くんがコヅケンさんなの意識しちゃって緊張するから頻繁に見ないようにしてるけど」
「なにその理由」

 ほら、孤爪くんがまた柔らかい瞳で笑った。それを私だけのものにしたいと思うのは我儘だろうか。それとも思うだけなら許される感情なんだろうか。
 恋って本当に厄介だ。前は一緒にゲームが出来るだけでも充分だって思っていたはずなのに、奇跡を超えて運命を望みたくなる。

「孤爪くん、有名になってもたまには私とゲームしてね?」
「それ、前にも言ってたね」
「だって私と孤爪くんじゃあまりにもいろいろと差があるっていうか」
「差とかよくわかんないけど、名字さんとゲームするのが楽しいって思うんだから、一緒にゲームしなくなる事はないでしょ」
「……私が面白くなくなっても?」

 孤爪くんは何も言わず、ただ不敵な笑みで私を見つめるだけだった。

(23.09.10)



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