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 後期が始まった。履修ガイダンスの後、配られたシラバスを片手によっしーと共に学生ラウンジへ向かう。
 履修科目どうしようかと話しをしながら、一昨日、孤爪くんの家まで遊びに行ったことをまだ報告していなかったと、よっしーの「うーん……」という悩み声を遮るように口にした。

「そういえば一昨日、孤爪くんの家まで行ったんだよね」
「え!?」
「ゲームショウの後に、ちょっと寄っただけなんだけど」
「聞いてない! なんですぐに教えてくれなかったの!」

 内緒にするつもりはなかったけれど、満たされた気持ちにすっかり報告することを失念していたのだ。それに孤爪くんの家で座ったゲーミングチェアの座り心地が良くて、ネットでゲーミングチェアについて調べてた、なんて言ったらよっしーは益々声を荒らげてしまうかもしれない。

「本当に急いで報告するようなこと全然なくて」
「えっちなことも?」
「ないよ!? 急に凄いボール投げてきた!」
「え、家まで行ったのに何もなかったの!?」
「な、ないよ!」
「それっぽい雰囲気も?」
「ないない! あるわけない!」

 良かった、飲み物を口に含んでいなくて。予測がつかないよっしーの反応に心拍数が上昇するのを感じる。
 そもそも、付き合ってもいないのにそんな不健全なことあるわけないじゃんと、深呼吸をして気持ちを整えた。どうかこの会話が周りに聞こえてませんようにと祈りながら。

「えぇ、あたしだったらキスくらいはしちゃうけどなぁ」
「付き合う前のキスは私には無理だよ」

 さすがに想像するのも孤爪くんに申し訳なくて苦笑いするしか出来ない。
 よっしーは悩むような仕草を見せた後、何か閃いた顔をしてカバンの中を探し始める。そして探していた物が見つかったのか「あった」と小さく呟いたあと、2枚の長方形の紙を私に差し出した。

「じゃあ、はい。これあげる」
「なに、これ?」
「映画のチケット! あたしの推しが出るやつ! これ、孤爪くんとふたりで行ってきなよ」

 そういえばよっしーの推し俳優の映画がこの夏に公開されるって言っていた気がする。

「でも」
「この間はゲームのイベントでしょ? だから今度はデートっぽいデートしてみたらいいんじゃないかなって!  前売りたくさん買ったから2枚くらい気にしないでいいよ。あたしもう10回くらい観に行ったんだよね。前期、結構代返してもらっちゃったからそのお礼!」
「ありがと、よっしー」

 ここで遠慮するほうが失礼にあたると、私は素直に差し出された前売り券を受け取る事にした。
 そうなると次のミッションはどんな風に孤爪くんを誘うかだな、と考えているとよっしーが言う。

「あれ孤爪くんじゃない?」
「あ、本当だ」

 言われて視線を向けると、孤爪がいた。
 なんて神がかったタイミングなんだろう。でも、どう声をかけようか。そんな迷いを吹き飛ばしたのはよっしーだった。

「おーい! 孤爪くーん!」

 大きく手を振るよっしーに気づいた孤爪くんがこちらを見る。交わされた視線に、私の心拍数はまた跳ね上がる。
 やってきた孤爪くんに「久しぶり」と声をかけてみたけれど、一昨日ぶりなんだから全然久しぶりでもなかったかもしれない。

「孤爪くん、この俳優知ってる? あたしの推しなんだけど今映画上映してて。前売り券2枚名前にあげたからふたりで観に行ってきて!」
「……なんで俺?」
「推しの布教!」

 自信に溢れたよっしーの笑顔。孤爪くんはそのまま私の方へ顔を向ける。

「名字さん、行くの?」
「えっと、せっかくだし行こうかなって思ってる」
「そっか」

 少しでもゲームが関わるならもっと自然体でいられるのに、どうして私はこんな事でこんなにも緊張してしまっているんだろう。
 リセットすることもログアウトすることも出来ない気持ちが勝手に磨かれて、孤爪くんへの想いが積み重なってゆく。昨日より今日、今日より昨日と私はどんどん恋に落ちてしまう。

「孤爪くん行けそ? あたしの推しかっこいーから見て欲しい! ふたりで!」
「まあ、名字さんが行くなら行くかな」

 よっしー言葉にそう返事をした孤爪くんは、机に置いたままの前売り券を1枚手に取った。

「じゃあこれ、貰ってく。ありがと」
「どーいたしまして!」
「名字さん。日程と時間、また連絡するから」
「う、うん」

 以外にもあっさりと再び孤爪くんと出かける約束を取り付けることが出来たけれど、これはよっしーのお手柄と言っても過言では無いだろう。
 孤爪くんが去ったのを見届けた後、よっしーが口を開く。

「あたし、結構脈アリだと思う」
「ええ!?」
「だってさぁ、名字さんが行くなら行くとか言える?」
「どうだろ……」
「なんかあったら今回はすぐ報告してね! 忘れてたとかやだからね! 期待してるからね!」

 よっしーの期待に応えられるだけの自信がない私は、曖昧に頷いて再びシラバスをめくるしか出来なかった。

(23.09.12)



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