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 待ち合わせ場所は駅の改札の前だった。台風が近付いているというニュースがあったけれど空は快晴で、今日の日を後押ししてくれているように感じられる。
 絶対に遅刻はしないようにと少し早く家を出たつもりだったのに、孤爪くんは私よりも先に待ち合わせ場所に立っていた。

「孤爪くんはやい!」
「名字さんだってまだ約束の10分前だけど」
「私は孤爪くんを絶対待たせちゃいけないなって思って」
「俺も今来たところだから安心して。少し早いけど行こ」

 少なくともゲームショウよりはデートっぽいなと思いながら孤爪くんの隣に並んで歩き出す。
 よっしーからチケットを受け取って1週間。孤爪くんはついこの間引っ越しを終えたばかりだと言っていたけれど、もう荷解きは終わったんだろうか。また忙しいタイミングで出かけることになってしまって申し訳ないなと、話題を繰り出す。

「そう言えば、引っ越し終わったばっかりだって言ってたよね。荷解きは全部終わった?」
「友達に手伝ってもらったからある程度はね。新しく買ったものも多いし」
「そうなんだ。なんかまた忙しいタイミングで出かけることになっちゃったなーって気になったんだよね」
「ゲーム関係以外は元々そんなに物があるほうじゃなかったし」
「確かに段ボールもそんなにたくさんはなかったもんね。スッキリした綺麗な部屋だなーって思ってた」
「部屋広くなった分ゲーム環境も整ってきたし、名字さんがもしうちでゲームしたかったら来てもいいから」

 またしてもあっさりと孤爪くんはそんなことを言う。
 私だってスマートに誘いの言葉を口にしたいのに、私ばかりがいつもいろんなことを考えすぎている。でも私だけが孤爪くんに恋をしているのだからそれも結局仕方ない事なんだろう。

「あ……えっと、じゃあ、遊びに行かせていただきます」

 そしてやっぱり私だけがドキドキして、私だけがその日を楽しみに待つのだ。

「うん」

 孤爪くんが緩く笑う。口元が大きく孤を描くわけでもなく、朗らかな笑い声が零れるわけでもなく、ただほんのりと涙袋が膨らむ孤爪くんの小さな笑み。
 好きだな。その笑い方。満面の笑みも見てみたいけれど、余裕のある笑い方が孤爪くんって感じでキュンとする。その笑い方が好きって言ったら孤爪くん、驚くかな。もし私が孤爪くんに告白したら孤爪くんはどう思うんだろう。
 孤爪くんに告白する自分を想像してみる。よっしーは脈ありなんて言ったけれど、それを真に受けて孤爪くんに告白して「ごめん、そんなつもりはなかった」って言われたら。それをきっかけに距離を取られたら。益々立ち直れないしその時ばかりは言わずに後悔よりは言って後悔だと思いそうだから、やっぱりそんな簡単に好きとは言えそうにないなと思った。

「あ、新しい家ってどんな感じなの? 前遊びに行ったところからは遠いんだっけ?」
「結構遠い。都心からも離れたからアクセスは悪くなったね」
「でも外の環境は落ち着くだろうし、夜は煩くなくて良いよね」
「そうだね。住宅街だから結構静かかな。作業しやすい」
「住宅街にあるマンションなんだ?」
「いや、一軒家」
「一軒家!?」

 思わず足が止まる。一軒家ってつまり、マンションでもアパートでもないってことで。え、一介の大学生が一軒家に暮らせる程の財力があるの? もしかして孤爪くんの実家ってお金持ちなんだろうか。でもだとしても一軒家は選択肢になかなか入らない気がするけど。
 そんな私の疑問を察したのか、孤爪くんが言う。

「ユーチューブの利益があるから。それに一軒家の方が顔出し配信しやすそうだし」

 これがユーチューバー。これがユーチューブドリーム。収益もきっと、私が想像できないくらい凄い額なのだろう。

「そうだよね……孤爪くん、有名ユーチューバーだもんね……」

 それだけじゃなくてプロゲーマーでもあるし。孤爪くんはいったいいくつの肩書を持つつもりなんだろう。もうどこかの企業とコラボして商品出しますとかKODZUKENチャンネルのグッズ出ますとか武道館貸し切ってファンミーティングしますとか言われも驚かないかもしれない。

「飲み物何がいい? 名字さんの分も一緒に買うから」

 映画館に辿り着いて孤爪くんが言う。

「ウーロン茶かな。あ、お金渡すね」
「いらない。ポップコーンも食べたいなら買うけどいる?」
「や、大丈夫」
「じゃあ飲み物だけ買うね」

 それだけの肩書を持っているのにも関わらず驕ることなくちゃんと気も使ってくれて優しい。こんなの好きにならないなんて無理だ。孤爪くんがプロゲーマーじゃなくても人気ユーチューバーじゃなくても、私はきっとその人柄に惹かれていた。それはもう奇跡じゃなくて運命だ。私は孤爪くんを好きになる運命だった。

 告白しようかな。

 それまでの不安と心配を忘れて、そんなことを急に思った。孤爪くんが買ってくれた飲み物を片手にシアター内へ足を踏み入れ、指定された席に座る。薄暗い空間。そっと孤爪くんの横顔を見る。

「なに?」
「ううん」

 上映の合図がして、シアター内がまた一段と暗くなる。私の意識は、画面と右側に座る孤爪くんへ注がれていた。

(23.09.16)



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