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「いらっしゃい」

 本当に一軒家だと感動しながら、孤爪くんの新しい引越し先の家にお邪魔する。都心から少しだけ離れた閑静な住宅街。一人暮らしには十分すぎるほどの広さは、だけど、孤爪くんらしいような気もした。

「あ、これアップルパイ。前に好きって言ってたよね? うちからちょっと歩いたところにアップルパイの専門店あって、そこのお店の。ホールで買ってきた」
「わざわざ気にしなくていいのに。て言うかホール、わざと?」
「ちょっとわざと。でも小さめだし賞味期限も3日あるから孤爪くん食べ切れるかなーって」
「せめて4分の1くらいは食べていってよ」

 アップルパイの入った紙袋を手渡し、孤爪くんの後に続いて家の中にお邪魔する。
 少し古めの一軒家は襖が扉になっていて、廊下を歩いていると時々、ギィっと鈍い音が耳に届く。おばあちゃんとおじいちゃんの家に来たみたいと思いながら通された居間は畳が敷かれていて、ほのかにい草の香りがした。

「なんか落ち着く家だね」
「俺も結構気に入ってる」
「ゲーム用の部屋もあるの?」
「隣」

 孤爪くんが隣の部屋に続く襖を開けてくれる。
 古い時代を思わせる内装に似つかわしくない最先端の機器達はアンバランスであるはずなのに何故かとつもしっくりきて、私はつい笑ってしまいそうになった。

「凄い、ゲーム専用部屋だ」
「まあこの為に引っ越したようなもんだからね。これからいろいろ揃えていくつもり」
「私だったら大学以外はずっと引きこもってゲームしちゃうかも」
「俺もだいたい引きこもりだよ。食事もだいたいデリバリーするし、友達と集まる時は友達が作ってくれるし、都心から離れたって言っても意外と不便はないかな」
「あはは。楽しそう」

 不思議だ。配信を見ていた時はコヅケンさんだなぁと思っていたのに今はちゃんと孤爪くんって感じがする。

「そうだ。この間のライブ配信、見たよ」
「友達の家に泊まるって言ってなかったっけ?」
「うん。だからよっしーと一緒に見たんだ」
「もしかして最初から最後まで見た?」
「うん。ほとんど最初から見たかな。よっしー普段ゲームしないけど孤爪くんのプレイ見て、何やってるか理解する前に勝つから意味不明すぎてやばい面白いって言ってた」
「あー……そっか。とりあえず見てくれてありがと」

 思ったより反応が良くない。良くないって言うか、私が見るなんて想定していなかったのか、少し驚きの色が混ざっているような感じ。

「もしかして見ない方がよかった?」
「いや、むしろ見てくれてよかったかも」

 少し悪戯に笑う、私の好きな孤爪の表情。

「どうする? 早速ゲームする?」

 言われて、今日の目的を思い出す。今日、孤爪くんの家に遊びに来た最大の理由は告白じゃなくてゲームだったんだ。孤爪くんの家のゲーム環境が整った事で、テレビとモニター両方でゲームする事が可能になったから同じ空間でゲームしたいと言う私のわがままを孤爪くんが叶えてくれたのだ。

「す、する」
「じゃあ名字さんはこっちかな。PCのほうが良かったらこっちでもいいけど」
「コントローラーで」

 孤爪くんはモニターの前のゲーミングチェアに座り、私はテレビの前に座る。もしよっしーがこの場を見たらなんの色気もないって怒るかもしれない。

「誰かと同じ空間でゲームしたことなかったからちょっとドキドキする。でもヘッドセットより連携しやすそうだよね」

 あれ、でも、もしかして今って告白するチャンスなんじゃない? 誰にも邪魔をされない空間。悪くない雰囲気。言うなら今なんじゃない?

「……孤爪くん」
「なに?」

 孤爪くんが私を見つめる。気持ちを見透かされそう。むしろ見透かして欲しい。
 突拍子もなく好きって言うのはやっぱりおかしいかな。

「や……なんでもない」

 結局怖気付いてしまう。帰り際に言う方が良いだろうか。それともゲームが一段落した時の方が良いだろうか。そもそもこんな殺伐としたゲームしている時に好きですなんておかしいだろうか。
 同じ空間でゲームをしているのに全然集中出来ないなんてせっかく時間をつくってくれた孤爪くんに申し訳ないと、どうにかコントローラーを操作しながら孤爪くんに負けじとキルを重ねる。

「名字さん、そこボスいる」
「うわあああ!?」
「体力ギリギリじゃん」
「しかもいつの間にか武器違うの持ってた」
「緊張してる?」

 孤爪くんはからかうように言う。

「してる……」
「今更でしょ」

 だってそれは孤爪くんに告白しようかなって目論見があるからで。

「……あのさ、孤爪くん」
「うん」
「えっと…………まだ敵、いそう?」
「いないかな」

 良かった。いや、良くない。好きの「す」すら言葉に出来てない。ゲームを進めながら、どうにか告白出来ないだろうかと試みる。

「あのね、孤爪くん」
「うん」
「……こ、このポーション私が持つね」
「ありがと」
「……それでね、孤爪くん」
「うん」
「す……すぅ……」
「す?」
「す……す、ストームくるから安地移動する?」
「ああ、うん。そうだね」

 たった二文字が言えないなんて、なんで私はこんな土壇場でも勇気が出せないんだろう。

「名字さん」

 だけど、そんなタイミングだった。

「なに?」

 孤爪くんが言ったのは。

「昨日、俺の配信きいてたんだよね?」
「うん」
「好きな人いるって答えたのも聞いてた?」
「……うん」
「それ、名字さんのことだから」
「え?」
「名字さんのことが好きだよってこと」

 すき。スキ。好き。
 何、聞き間違い? いや、そんなはずない。今、確かに孤爪くんは私が言いたいと思っていた言葉を口にした。

「あっ!?」
「動揺しすぎ」
「だ、だって」

 意識が散乱してヘッドショットを食らってしまった私に、孤爪くんは楽しそうに言う。
 冷静になろう。深呼吸をして、孤爪くんをそっと見つめる。だって今、孤爪くん、好きって言ったんだよね? 好きな子は私だったって事だよね?

「今リスポーンするから」

 孤爪くんは動揺する事もなく、ただ普段の通りに淡々とゲームをこなす。何故かそれが逆に現実味を帯びさせて、身体の内側に熱がこもるのを感じた。

(23.09.20)



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