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 それからしばらく経つと『コヅケンさん=孤爪研磨くん』疑惑もすっかりと消え去り、変な疑心暗鬼に陥る事もなく、以前よりも頻繁にコヅケンさんと戦場へ向かう日々がやって来るようになった。

「スキン変えたんだ」
「そうなんです。原点に戻ろうかなと思って」
「なにその理由」
「せっかくコヅケンさんとやるんだから気合入れるぞって意味も込めてです」

 画面に私とコヅケンさんが並んだ瞬間、コヅケンさんは開口一番にそう言う。「こんにちは」も「こんばんは」もない会話。
 でも、いつの間にかそこまで親しくなったんだなとも思う。柔らかい声色が余計にそう錯覚させるのかもしれない。

「最初にマッチした時、それだったよね」
「覚えてくれてたんですね」
「まあ。筋肉隆々のスキンから女の子の声聞こえてくるのって妙な感じだったし」
「確かあの時、このスキンのクエストを消化してたんですよ」

 懐かしい話題に出会った頃の事を思い出した。

「ああ、そう言えばそうだったね。懐かしい」

 そう、出会いは今から数ヶ月前。私がまだ高校生だった時。大学受験も終わって、あとは卒業式を待つのみってくらいのタイミング。久しぶりにデュオでプレイしようと思ってマッチした野良の人。
 それがコヅケンさん。


△ ◯ □ ☓


 普段はソロでプレイをしている私がデュオをしたいと思ったのは久しぶりだった。だって野良は当たり外れが多いし、顔も年齢もわからない相手にストレスを感じるくらいならソロでやってる方が気楽だし。でもその時はなんとなく協力プレイがしたくてデュオを選んだ事を覚えている。
 しばらくして画面に表示された『KODZUKEN』の文字。コヅケンさん、と心の中でその名前を呟きながらコントローラーを握る。
 私だってやり込んでるしそれほど下手ってわけでもない。エイム練習も時々だけどしているし、場面場面の立ち回りもちゃんと知識としてあるつもりだ。
 でもそんなの比じゃないってくらいにコヅケンさんがめちゃめちゃ上手いっていうのはすぐにわかった。私の何倍も、何十倍も。もしかしたらプロとか、競技のイベントに出てるアマチュアの人なのかなって思うくらい。

 ――あ、やばい。私のほうが足手まといになってこの人のストレスになりかねない。

 真っ先にそんなことを考える。足手まといにならないように気を付けながら、だけど、その人は私の心配をよそに結局私が抜けるまで一緒にプレイをしてくれた。
 ダメ元で送った友達申請も承認してくれて、後日、コヅケンさんの方からパーティー申請が来たのだ。正直、申請が来たことは驚いたけれどコヅケンさんと一緒に戦った時のことはよく覚えていたし、何より一緒にやってて楽しかったからその誘いを断るという選択肢は私にはなかった。
 再び始まるゲーム。そんな時にふと、普段は聞こえない音がヘッドセットから聞こえてきた。多分、物がぶつかったり布が擦れたりするような生活音。そこでコヅケンさんのマイクがオンになっている事に気がついた。

 ――言うか、言うまいか。

 私が気にしなければ良いだけの話だけど、やっぱりちょっと気まずいなって思ったりはする。もしかしたら敢えてなのかもしれないけど前回はオフだったし気がついていない可能性がある。
 言うだけ。言うだけ、言ってみよう。さらっと。そっと。
 そう決意して口を開く。
  
「……あのそっちのマイクがオンになってて後ろの音聞こえてますけど、大丈夫ですか?」
「え。あー………ごめん」

 男の人の声。優しそう。でもちょっと気だるげ。

「あえてだったらそのままで私は大丈夫なんですけど、もし気がついてなかったらアレかなって思ったんで、一応」
「オフにするの忘れてたから助かる」

 余計なお世話にならなくてよかったと安堵する。だけどそれも束の間、次の瞬間、予想外の言葉を言われた。

「このまま通話しながらやる?」
「えっ」
「そのほうが連携しやすいし。別に無理にじゃないけど」

 そんな事言われるなんて思っていなかった。でも実際、通話しながらやるほうが勝率が上がるのは確かだし。コヅケンさんうまいし、迷惑かけたときにすぐに謝りたいし助けてもらったときにすぐにお礼を言いたいし。
 それに。
 それにこれは完全に私の下心だけど、その声をもっと聞きたいし。

「やり、ます。通話しながらやりましょう」


△ ◯ □ ☓


 それから私達は何度か試合を繰り返して、その後もログインしているタイミングが同じだったら時々パーティーを組むようになった。
 これが私とコヅケンさんのはじめまして。トリオでもスクワットでもなく、デュオを選んだから出会えた人。私のゲーム友達。

「知り合ってからそんなに時間経ってないはずなのに、一緒にゲームしてるとずっと昔から知り合いだったような気がしてきます」
「わかる気がする」

 それ以上でもそれ以下でもない関係が、今となっては私に安心感と信頼感をもたらしてくれるのだ。

(23.01.03)



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