07

「孤爪くん、回復系のアイテムある?」
「あるよ。これで足りる?」
「足ります! もうほんとに神様……」
「だから大げさ」

 孤爪くんから回復アイテムをもらい、早速使用する。『コヅケンさん=孤爪研磨くん』が判明して半月、私たちは今日も変わらずゲームに勤しんでいた。

「N方向に敵居るから行こうと思うけど大丈夫?」
「うん。大丈夫! リロードもオッケー」

 キャリーしてもらう事への申し訳なさは無くならないものの、以前よりも近づいた距離に一層ゲームが楽しくなったのは事実だった。
 大学で話す事も徐々に増えて、はじめこそよっしーは何があったのかと驚いていたけれど、事のあらましを伝えるとむしろ『コヅケンさん=孤爪くん』にいち早く気付いたことを誇らしそうにしていた。

「ねぇねぇ孤爪くん、この間のレポート終わった?」

 こんな風にゲーム中、大学の話が出来るのもコヅケンさんが孤爪くんだと知れたから。

「終わったし提出もした」
「早! 私なんてまだ半分くらいしか書いてないのに」
「名字さん、この前も似たような事言ってなかった?」
「あはは……」

 孤爪くんの淡々とした口調。会話の最中でも孤爪くんは平然と敵をキルしているけれど、内心呆れていたりしないだろうか。

「俺が言うのもなんだけど」
「うん」
「さすがにそろそろゲームよりレポート優先したほうがいいと思う」
「……いやほんとそれなとしか言えない」
「あ、その場所強いNPCが」
「あああ!」

 孤爪くんの声をかき消す私の声。

「ごめん、言うの遅かった」
「ううん……私もごめん。こんな初歩的なミスしちゃって……」

 真正面からぶつけられた正論につい動揺して、現マップの強NPCが襲ってくるエリアへ思わず侵入してしまった。
 私の操作していたキャラクターがへなへなと倒れ込んでしまうのを見つめながら、これは確実に呆れられたなと悟る。せめてレポートは今日の夜どうにか仕上げよう。

「動揺がプレイに出ちゃった……」
「だろうね」
「色々足引っ張っちゃって申し訳ないです……」

 草むらの中で私を回復させてくれた孤爪くんは慣れた様子で私にポーションまで渡してくれる。迷惑かけないくらいには強くなりたいって思うけれど、私が孤爪くんをリスポーンする日なんてくるんだろうか。

「孤爪くんっていつも冷静にプレイするよね」
「普通にやってるだけだけど」
「そういうとこ!」
「名字さんも立ち回り結構上達してると思うよ」
「や、それはもう孤爪くんが設定見直してくれたおかげ。元々このゲーム楽しいなって思ってたけど、孤爪くんとゲームするようになってから楽しいって思うこといっぱい増えたし」

 最近、思うのだ。もしかしたら孤爪くん――コヅケンさんと出会わなかったら私は今、このゲームをやっていなかったかもしれない。もしくは、やっていたとしてもここまで時間を費やすことはなかった気がする、って。
 人によってはゲームなんて時間の無駄だって思うだろう。そんなことに時間を使って何になるのって。私はeスポーツ選手でもないしゲームでお金を稼げるスキルもないけれど、ゲームが人生を変える事ってやっぱりあるんじゃないかなって思う。
 例えば私と孤爪くんが出会って、私の学生生活やゲーム生活がより一層楽しくなったように。

「でも実際、そろそろ試験の準備しないといけないからあんまりゲームできなくなるね。孤爪くん、過去問大丈夫?」
「一応一通りそろってる」
「そっか。夏休みにも一緒に遊びたいから、絶対に追試にはならないよう頑張らないと」
「頑張る理由がそれなんだ?」

 通常よりもいくらか柔らかい声。微かに孤爪くんが笑った気がした。
 こういう時、心の奥がちょっとくすぐったくなる。

「……孤爪くんは余裕そうだね?」
「まあ名字さんよりは余裕かもね。レポートも終わってるし」
「そ、そうだった。私はまずレポートという名の敵を倒さないといけないんだった……」

 孤爪くんが最後の一人を倒す。画面には私たちが勝利したことを示す文字が並んで、今日もまた勝利を重ねたなと余韻が広がる。

「頑張ってよ。試験終わる頃に丁度シーズンも変わるし」
「そういえばもう今シーズンも半分過ぎたもんね。スタダしたいから絶対頑張らないと!」
「単純」

 揶揄するわけでもない、優しい言い方。
 ヘッドセットを通して声が近く感じるせいだろうか。それとも顔が見えない分強く意識してしまうからだろうか。
 見えないはずなのに、孤爪くんの表情がちゃんと想像出来る。以前よりももっと明確に。

「夏休みもたくさん遊ぼうね」

 小学生みたいな台詞を放った私に、孤爪くんはやっぱりヘッドセットの向こう側で柔らかく笑うのだった。

(23.08.31)



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