08

「名前、どうだった?」
「ギリギリのもあるけど一応全部大丈夫だった。よっしーは?」
「あたしも追試なし。これで心置き無く夏休み満喫出来るー!」

 太陽の日差しが針のごとく肌を刺激するようになった頃、前期試験は無事に終わりを迎えた。
 半ば神頼みのものもあったけれど、試験結果が発表される今日この日、結果として追試になる講義もなく私はようやく勉強漬けの日々から解放されることとなったのである。
 一人で結果を見る勇気はないとよっしーが言うから、よっしーのサークル活動が始まる前に大学で待ち合わせをしたけれど、こうやって一緒に安堵の息を吐くと、身を寄せあって結果を確認できたのは良かったのかもしれない。安心と喜びが倍に感じられる。

「名前この後どうするの?」
「家帰ってゲームしようかなって」
「わぁゲーマーだ。てかあたしに合わせて学校来てくれてありがとね」
「ううん。むしろ一緒に結果確認できて良かったよ」

 よっしーもそろそろサークル行く時間かなと思い席を立つ。よっしーと肩を並べて歩き、学生ラウンジの前を通り過ぎた辺りで目の前から孤爪くんが歩いてくるのに気付いた。

「あ、孤爪くん」
「名字さん」
「孤爪くんも来てたんだ」
「名字さんこそ」

 試験が終わってすぐ夏季休暇に入っていたから、大学内ですれ違うとは思っていなかった。

「私はよっしーと一緒に試験の結果確認してて。あ、孤爪くんは結果どうだった? って聞くまでもないか」
「まあ。そっちは?」
「大丈夫だったよ。これでなんの気兼ねなく夜更かしもゲームも出来る!」
「よかったね」

 淡々とした口調。でも決して興味がないという様子ではない。今となってはこういう受け答えが孤爪くんらしいと思えるものの、それでもゲーム内でコヅケンの名を背負っている孤爪くんのほうが顔も見えないはずなのに素直で分かりやすいなと思ってしまうから不思議だ。

「そういえば明日から新シーズンだけど孤爪くん、配信用にスタダするんだよね?」
「アップするかはわかんないけど一応動画回しながらやるかな」
「じゃあ私も新マップ頭に叩き込んでおくから孤爪くんが落ち着いたら連絡して。一緒にプレイしよ」
「わかった」
「じゃあまたね」

 孤爪くんに別れを告げて再び歩き出すと、数歩進んだところでよっしーが突如呟くように言った。

「なんかさぁー……」
「うん?」
「ふたり、すっごく仲良くなってない?」
「そうかな?」
「そうだよ! え、まさか付き合ってる?」

 思わず立ち止まってしまいそうになるのを堪える。穴が飽きそうなほどに私をじっと見つめてくるよっしーに、慌てて首を左右に振った。さすがにそれは話が飛躍しすぎている。

「まさか! 普通にゲーム友達!」
「怪しい……」
「怪しくない怪しくない」

 孤爪くんと定期的にゲームしてることもよっしーには話してあるし、そこで話した内容以上の事は私たちの間にはないのだ。

「でもさぁ、好きになるとかないの?」
「好きって?」
「孤爪くん。一緒にゲームしててそういう感じになんないのかなぁって」
「仲間って感じにはなるけど」
「仲間……仲間かぁ」

 よっしーはいまいち納得出来ないのか、どこかまだ疑問に思うような言い方だった。

「そういえば孤爪くんって彼女いないんだっけ?」
「どうだろ。いないんじゃないかな。そういう話したことないけど」
「まあ名前とふたりでゲームするくらいだもんね。いないか」
「私、関係ある?」
「ええ、だって嫌じゃない? 自分の彼氏が知らない女の子とふたりでゲームしてますって。気にならない子もいるかもだけどさぁ、あたしなら嫌だなー」
「……確かにそうかも」
「あ、でもさ!」

 立ち止まったのはよっしーだった。建物の外を出て、イチョウの木が並ぶ道の途中。瑞々しい緑の葉が夏風に揺れ、クマゼミの音が夏を加速させるように響いている。

「それこそ名前と孤爪くんが付き合っちゃえばそんな問題発生しないじゃん!」

 妙案だろうとどこか誇らしげな顔付きは太陽の日差しがよく似合っていた。
 一瞬、セミの声が遠ざかる感覚に陥りながらも私は先程よりも慌てて、より激しく首を左右に振った。

「いや……いやいやそれはさすがに飛躍からの飛躍!」
「えー、そうかな? 良い案だと思ったのに残念……あっやば、サークル始まっちゃう! ごめん名前、また連絡する! 夏休みゲームばっかりじゃなくてあたしともいっぱい遊ぼーね!」
「え、あ、うん!」

 慌てて走り去っていくよっしーにそれしか言えず、小さくなる背中を見送った。
 一人残された私は木陰を歩きながら考える。孤爪くんに彼女はいるのか。もしいたのなら私と2人でゲームをするのは大丈夫なのか。いなければいいなと直感的に思ってしまったのは、孤爪くんとゲームをするのが楽しいからという理由だけだと思いたい。

(23.09.01)



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