10

 冬の始まりの足音が次第に大きくなる頃、飛雄くんがよく行っているというお店を紹介してもらうよりも先に、私は仕事を通して飛雄くんと顔を合わせることになった。

「今日はよろしくお願いします」

 私が頭を下げると、飛雄くんは一瞬だけ目を見開いた。
 他の人もいる手前、雑談に興じる暇もないのでとりあえず、事前に連絡もせずすみません、と心の中で謝っておく。
 仕事相手と今日の流れを再度話し合って、カメラの調子を確認する。地元の子供たちが所属するバレーチームの特別コーチとしてアリローマから派遣された飛雄くん。シーズン中ではあるものの、地域への貢献としてこういった活動をすることがあるらしい。
 飛雄くんのイタリアでの生活を日本の雑誌で特集するとのことで、今日のこの活動も取材予定だったけれど、カメラマンが体調不良で来られなくなり私に急遽仕事が回ってきたのだ。

「名字さん」

 頃合を見計らうように飛雄くんが声をかけてくる。

「おつかれさまです。ごめんなさい。今朝、カメラマンとして同行することが決まったから事前に伝えることも出来ず……」
「そうだったんすね」
「改めて今日はよろしくお願いします」
「っす」

 バレーをしている飛雄くんを撮ってみたいと思っていたからこうして関われるのは嬉しい。でも欲を言うのならいつか試合をしている飛雄くんをカメラマンとして撮りたいとも思う。
 だけどこんな機会を得られただけでも上出来だと、すくすく育ってしまいそうな欲をそっと奥底へしまった。

▲▼


 撮影は概ね良好だった。体育館内の雰囲気も和気藹々としたものだったし、特集ページを組むに十分な写真も撮れた。
 正直、飛雄くんが10代の子たちを相手にどんな風にバレーを教えるのか想像も出来なかったけれど、そこはやはり大人として、バレーに携わるものとしてきちんとその責任を果たしていた。
 私はスポーツというものにのめり込んだことはなかったし、運動神経も可もなく不可もなくという中途半端なものだけど、あんな風に熱心に教えてもらえるのは羨ましいなと思う。

「打ち合わせ通り、修正後のデータを来週末までにお願いします」

 当初の予定を少しだけオーバーして取材は終了した。
 私がここで出来ることはもうないし、後は言われたように写真を加工修正してデータを提出するだけ。締切日も余裕があるから帰宅次第急いで仕事をする必要もなさそうだ。

「今日は突然の依頼にも関わらず対応して頂きありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いします」
「こういった写真を撮る機会は今までほとんどなかったので良い経験になりました。こちらこそ本日はありがとうございました」

 今日はこのまま直帰だから飛雄くんにも一言声をかけてから帰りたかったけれど、すでに飛雄くんの周りには人が集まっていてそれは叶わないことを悟った。
 わかってはいたけれど実際その人気ぶりを目の当たりにすると頼らせてもらっている事実がとんでもないことのように思えてくる。
 飛雄くんには夜にでも連絡をしようと体育館を後にしたものの、なんだかこのまま帰るのも勿体ない気がしてどこか一人でも気軽に夜ご飯を食べに行ける場所はないだろうかとスマホのマップを開いた。
 評価と口コミを確認しながら悩んでいると、スマホの画面にメッセージが表示される。

『もう帰りましたか』

 飛雄くんからのメッセージだった。

『外でご飯を食べてから帰ろうと思ってたので、まだ近くにいます』
『じゃあ一緒に食いませんか。前に言ってた店、ここから近いんで』

 取材はもう終わったのだろうか。
 行きたいと思うけれど知り合いということを公にせず仕事をしていたから、この後に私と飛雄くんが2人でいるところを見られたりするのは良くないんじゃないだろうか。
 こういう仕事をしていると火のない所にも煙が立つ時があることを知っているから不安になる。

『お誘い嬉しいですし、行きたいなと思うんですけど、大丈夫ですか?』
『?』
『あ、もしかしてみんなで、ですか?』
『俺と名字さんで行くつもりでしたけど、誘いたい人がいるなら構わないです』

 絶妙に会話が噛み合わないなと思いながらやり取りを続ける。

『そういうことじゃなくて、取材の方もいたし、私と2人でいるところ見られるのは良くないのかなって』
『関係ありますか?』
「えっ」

 思わず声が出た。

『つうか前は2人で行きましたよね?』

 それはそうなんだけど。でも近くに取材班もいなかったし。偶然見つけられてよからぬ噂を立てられるのは良くないし。とは言っても飛雄くんがそんなに深く考えてないのに私が勝手に深読みしているこの状況がそもそも間違っている気もしてくるし。だけど前に美羽さんと「表に出る人との距離感って難しいよね」って話もしたことあるし。いや、今更そんなことを言ったところでって感じでもあるんだけど。

「名字さん」
「……飛雄、くん」
「ほんとに近くにいたんすね」

 うだうだと悩む私の前に現れた飛雄くんはとても涼し気な顔をしていた。

(25.03.30)